平和を祈る一週間 続き

 明日は広島の原爆記念日ですね。オバマ大統領が4月にチェコスロバキアで「核廃絶」の志を表明したのに押されて「No More 広島」「No More Hibakusha」の声も広島、長崎では高まりつつあるようです。
 今週はNHK BSで「兵士たちの戦争」というシリーズを特集しており、かつて太平洋戦争に参戦した元兵士の方々のインタビューを中心に、戦争のドキュメンタリを特集しています。

 夕べは当時、戦艦「武蔵」の乗組員であった海軍兵士数名の回想を聞きました。当時、16〜17歳だった彼らも今は80代の高齢者です。しかし戦争の思い出を語るとき、皆さんまるで昨日のことのように鮮明に覚えているのが印象的でした。かつての恐ろしい経験とそのときの感情が甦るようです。

 戦艦「武蔵」はフィリピン・シブヤン沖で米軍の戦闘機の銃撃を浴びるように受けて、ついには沈没します。昨晩、思い出を語った方々は沈没寸前に海に飛び込んで九死に一生を得たのですね。その中の一人が片足を負傷しながら必死で泳いだ時のことを語りました。

 「利き足だけで必死で泳いだが、何度も海の底へ沈みそうでした。かろうじてドラウム缶に掴まろうとすると、同じ戦艦の兵士か将校か分らないが、誰かが自分に掴まろうとするので、二人とも沈みました。やっと浮上するとまた、同じ人が肩につかまろうとします。こんな事をを2〜3度繰り返し、自分はこのままでは死んでしまうと思いました。」

 ここまで語り、息を飲み、語り手はとても苦しそうな表情です。そして続けました。「とうとう、3回目か4回目にこの人に掴まられたとき、私は足で彼を蹴飛ばしました。彼は沈み、二度と浮上しませんでした」「何年たっても忘れられません。その方に、本当にあの時はゴメンナサイと謝ってきました。」と言って涙をこらえきれない様子でした。

 顔を涙でくしゃくしゃにしながら、まるで映像で相手に謝っているかの様子でした。何と言う経験でしょうか。64年間、彼の胸にはこのつらい経験と罪責感が重くのしかかっていたのですね。戦艦の沈没というトラウマ、それだけでも大変なのに。誰が彼を責められましょう!

 戦争は何と罪作りなことでしょう。他の元兵士の方々も、当時の恐怖が幻聴や夢で甦り続けたと話していました。

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by yoshikos11 | 2009-08-05 15:55 | Comments(0)
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