私は神戸大震災を出張先のミラノで知りました。当時ファッションの業界にいて、イタリアの企業に務めていたので、年に3~4回は本社のあるミラノを訪問していました。
朝、ホテルで目覚め、身支度をしながらテレビを付けたところ、目に飛び込んできた映像はまるで戦場か戦渦の後のような殺伐としたものでした。アッチコッチに火が立ちこめ、煙が蔓延するなかを救急車が走っていました。あたりは真っ暗です。
一瞬、どこかの国で戦争が勃発したのかと思いました。アナウンサーの言葉が耳に入って来て(イタリア語は良く分らないながら)『日本』『神戸』という言葉が聞こえるではありませんか。『なんだ、日本のことだ!』『日本で戦争が起こったのか?』と思いました。
イタリアで日本のニュースと接することはめったにないので、何かスゴいことが起こったのかと咄嗟に感じはしましたが。。。やがて高速道路が真っ二つに折れ、原型を留めないほど崩壊し、その中に自動車が転がっているという、目を疑うような映像にしばし呆然として釘付けになりました。
オフィスに出向くと、出張に同行した日本の取引先の方々が心配そうな顔をしていました。その一人は大阪出身で、ご両親は千歳空港の近くに住んでおられるとのこと、電話をしても回線が繋がらず、安否も分らなくてたいへん心配していました。イタリア人も私たち日本人もその日は仕事が手に付かない状態でした。ようやく夜分になって大阪と連絡がついてほっとした彼の顔は、いまでも思い浮かびます。
あの世紀末を思わせる惨状から、勇気を奮って立ち上がり、再建にひたすら尽くしてきた方々には頭が下がる思いです。また、最愛の人を理不尽な死によって奪われた方々には、その後、心の激痛と闘いながら、再生を図って来られたことに、心からの敬意を表させていただきます。震災の記念日、厳粛な気持にさせられます。これからもあの天災を決して忘れることはないでしょう。
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