映画『ローマ法王になる日まで』

 
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先日紹介した『光をくれた人』に引き続き、今日は現役のローマ教皇・法王(フランシスコ教皇)の経歴を取り扱った表題の映画について書きます。監督はイタリアのダニエーレ・ルケッティという人〜過去にはカンヌ国際映画祭などで賞を取っています。
 さて教皇のストーリーというと、ホーリーな内容で信者向けの映画かと思われる方も多いのではと想像しますが、ルケッティ監督自身もクリスチャンではなく、彼の言葉を借りると『カトリック以外の信仰を持たない人たちにも、充分語り得る物語だ』とのこと。

 アルゼンチン出身のフランシスコ教皇は大学を出てしばらくは科学者志望でしたが、一心発起してカトリックの司祭になりました。時代は軍事政権下、国民は思想や行動を徹底的に統制され「恐怖政治」が支配していました。
 一方で貧困の問題が深刻で国民の多くは生活苦にあえいでいました。そんな状況下で社会活動家も台頭し若き司祭フランシスコ(本名・ベルゴリオ)は、一時身体を張って彼らを神学校に匿ったり、異国へ逃したりと、まるでサスペンス映画を見るような展開です。
 また志の高い仲間の司祭たちの中には、恵まれない人々を救おうとシェルターを運営したり、社会改革の実現を試みたりしましたが、反政府運動家と見なされ彼らはことごとく、軍部に抹消されました。ベルゴリオの喪失感と苦悩は募る一方でした。そんなとき教会の上層部は地位を守るためか軍部の意のままなすがまま、頼りになりません。

 そうした過酷な社会下でベルゴリオは常に弱者と苦しむ人たの仲間であり続け、彼らを守るために時には身を呈して権力者との闘いに挑みます。
ルケッティ監督はアルゼンチンで調査をした際、かつてのベルゴリオを知る地元の人々は『彼は常に心配を抱えていた』『彼の笑顔を見たことがない』『教皇になってから初めて彼の笑顔を見た』と語ったと言います。まさに「苦労人」「他者の苦しみを分かる人」といえましょう。
 そのような人材がなぜ今、満場一致でカトリック教会のトップの座(法王)に選出されたのか、答えは映画を見た人たちがそれぞれに考えることではないか、ルケッティ氏は我々に立ち止まって考えるように一石を投じたように思いました。

 
 
 

by yoshikos11 | 2017-06-26 12:38 | Comments(0)
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