男性のグリーフ

「これからは、男性のグリーフに目を向けるべき」 最近ある会議でデ−ケン先生がそのような発言をされました。裏を返せば、それだけ男性は日頃辛い感情を外に発散していないという事になります。

洋の東西を問わず、男性は人前では絶対「泣かない」「弱音を吐かない」「感情を露にしない」という定説があります。これを"social conditioning"(社会的条件付け)という のですが、幼少時代から「男の子なんだから、泣くな」と親から言われて育つうちに、感情を押さえる訓練が出来てしまったと言えましょう。

もっとも「怒り」という感情だけは別のようで、「悲しい」とか「情けない」というような他の感情も男性の場合は「怒り」の形をとって表す事が多いと言われます。

ストレートに出せない感情は押し殺すわけですが、それが自然に消滅することはないので、心の奥底に溜まっていきます。そしてある許容量を越えると爆発。暴力という形を取るか、または暴力的な映画やテレビの画面でカタルシスするなどがそれに当たります。

米国の前大統領クリントンのイメージをひどく損なったモニカ・レウィンスキーとのスキャンダルもその一例だと言います。クリントン氏は、その事件の少し前に母親を亡くしました。ところが、母の死を十分悼む間もなく、サミットに参加しなければならなかった事情があったそうです。要するにグリーフする時間がなくて、押さえていたものがある時点で爆発したのが、あのスキャンダルだったとか。そう考えるとクリントン氏にも同情できませんか?

この世界から戦争が絶えないのも、究極男性がガス抜きする場である「戦争」を必要としているのではないか、と疑う人さえいます。暴力や戦争を撲滅させる為にも「男性のグリーフ・ケア」が急務なのかもしれません。デ−ケン先生がおっしゃるとおり。

最近、私は3人の男性のグリーフ・ストーリーを読みました。1) 江藤 淳「妻と私」 2) 倉嶋 厚 「やまない雨はない」:妻の死、うつ病、それから 3) 永 六輔 「妻の大往生」 でした。特に、江藤氏と倉嶋氏の張り裂けそうな心、落ち込みの様子は胸にぐっと迫るものがありました。生涯溜めていた感情が妻の死をきっかけに一挙に吹き出たと思ったほどです。

永氏は、二人の気丈な娘さん達に支えられて、ちょっと事情が違ったのかなあと思いました。少なくともパニック状態は感じませんでした。いずれにしろ、これらのグリーフ・ストーリーを読んだ限り、外に現さないからと言って、男性が痛みを感じていないわけではないことが十二分に分ります。

いずれ、男性ばかりのグリーフ・グループを開いて、少しでも苦痛を解放するお手伝いができればと思っています。そこでは、「男の子のくせに泣くな」などと言う人は誰もいないはずです。
by Yoshikos11 | 2007-03-07 18:47 | Comments(2)
Commented at 2007-03-07 21:23 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by yoshikos11 at 2007-03-20 00:58
「それでもパパは生きることにした」風樹 茂著を読んで、企業の効率化第一主義の犠牲者たちの、悲痛な叫びを聞いた気がしました。時を同じくして、偶然、NHKで「企業内のいじめ」について特集をやっていて見たのです。更に、夜回り先生こと水谷修氏の講演を聞きに行って、子供のいじめ、落ちこぼれ、リストカットなどの問題は、大人の社会の反映だと言われました。仕事のイライラを妻にぶつける夫。その妻は子供に当たる。子供は家庭で当たる所がないので、学校で友達をいじめるか、家に居場所がなくて夜の町へ。そこでは怖い落とし穴が待ち受ける。父親が出世した暁には,子供は更生不能、家庭崩壊。出世と、将来を担う子供の健全な生活や命とどっちが大切?この辺で、大人はよく考える必要がありそうですね。
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