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花の咲かない桜の木

   今日は、私がファシリテーターを務めた聖路加グリーフ・サポート・グループの参加者(今ではお友達)のAさんから「お花見に出かけました」というメールが入り、とてもうれしかったです。春爛漫(というのにはちょっと寒い一日でしたが)、桜満開、こうい季節はグリーフする人にとっては、もしかして「まぶし過ぎたのでは?」と少し彼女のことが心配でもある私です。でも「美しいものは美しい」とグリーフ真っただ中にあって「喜び」を感じられることは、とても素晴らしいことだとAさんのためにエールを送りたいです。
   それで思い出しました。私が夫を亡くしてまだ間もない頃、雨上がりの夕暮れの空に虹を見つけました。「わあ、きれいだ」と思わずうれしくなって声を上げました。そして、悲しいのに喜びも感じる自分にちょっと戸惑いました。でも、人は二つの異なる感情を一度に持つことが出来ることを、あとで学んで納得しました。
  実は、私も今日偶然お花見をしました。幼友達と会うことになっていて、四谷駅の方まで出かけましたが, 周辺の土手の桜が満開でした。まず上智大学の前の土手。道路まで桜の枝が伸びているので、近づいてよく見るとつぼみもまだしっかりあって、見応えのある、頼もしい咲きっぷり。(詩人でも俳人でもないので、風流な言葉が出なくてすみません)
  今度は母校(ふたば)の前の土手の方に目をやると、枝もたわわに咲き乱れる桜並木がずっと遠くまで続いているのが見えました。しばしうっとり見とれていました。すると土手の一番端に、端なので実は最も目立つ所に、花が一つもない桜の老木があるのに気がつきました。老木ながら、巨大なので存在感があり無視できません。ただ花が全く一輪も咲いていないのが、この時期になんとも違和感なのです。周囲は春を謳歌する如く、花色一色なのに、「花なし」の桜の木はいかにも殺伐として、コントラストが妙に目立ちます。あたかも、花見に浮かれる人々に「世の無常」を訴えかけているようなーもしかしてそんな風に見るのは考え過ぎ?
   その木は小学校に通っていた頃から同じ場所に立っていた。確かに見覚えがあります。もちろん、当時は(50年以上前!)毎年美しい花を咲かせ、一番目立っていた姿の美しい木でした。「50年も経つと、桜も花が咲かなくなるのかしら」と友達としんみり話しました。二人で図らずも歳月の流れを感じさせられた花見でした。そして、「花の咲かない桜の木」の為にグリーフしてあげたようでした。せかっくの春、素直に皆と浮かれれば良いのに、ついグリーフのメガネで物を見てしまう。。。次回は調子を変えましょう。
   
   
by Yoshikos11 | 2006-04-01 02:36 | Comments(0)