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NHK首都圏ネットワーク にGCCが取材されました

 この度、NHK首都圏ネットワークの企画「死別の悲しみと向合う」にGCCのグリーフ・カウンセラー養成講座が取材を受けました。 夕べ、その準備のため、講座の模様をNHKのロケ隊が2時間余撮影して行かれました。

 ようやく、グリーフが、メディアに注目されるようになったのですね。そのことに、まず感動しました。

 私も今回、20分ほどのインタビューを受けて、「なぜ、今、グリーフ・ケアが必要か?」についてお話しました。この質問の回答だけでも、パワーポイント5-6コマ分には匹敵するのですが、短い時間で要点だけ伝えるのに、苦労をしました。

 講座では、たまたま「グリーフの複雑化」という大きなテーマについてだったので、その内容に関しての、受講生との質疑応答なども番組に引用されるようです。

 受講生対象の短いインタビューをと言う要請もありましたが、数人の方々が快く引き受けて下さり、大変助かりました。

 さて、放映予定は、11月2日(金)、午後6:10-7:00だそうです。

  撮影は全体で3時間近かったのですが、それをもとに編集されて、実際GCCについて放映されるのは僅か5分です。(同じテーマで、高齢者の方々を中心にしたサポート・グループも取り上げるそうです)

 短い出演ではありますが、テレビの宣伝効果は絶大なので、日頃から出来るだけ多くの方々に、「グリーフ」について知っていただきたいと願っている私にとっては、またとない機会なので喜んでいます。

 ご都合が付く方は、ぜひ11月2日(金)夕方6時10分、NHK首都圏ニュースをご覧下さいね。私は、テレビ慣れしていないので、緊張で顔がこわばっているかもしれませんが、そのへんは我慢して下さい。(カメラマンさんには、ない皺までは写さないでと予めお願いしたのですが??)



by yoshikos11 | 2007-10-26 15:19 | グリーフ | Comments(2)

秋の法要・十夜法要

 今日は、鈴木家のお寺さんで、先祖の精霊をご供養する法要があり、初めて参加して来ました。お寺の檀家が全員ご招待される、いわば、お寺の「オープン・ハウンス」みたいな感じです。100人近い人が集まり、にぎやかで、また、和やかで、とても楽しい雰囲気でした。

 お弁当をいただいたり、その場で出会った他の檀家の方達とおしゃべりをしたり、のんびりと儀式の始まるのを待ちます。たまたま、隣り合わせた初対面の奥様が「主人を28年前に亡くして、それ以来毎年この法要に来ています」と言われ、毎年の法要の思い出に始まり、ご主人の思い出話に移り、お話は尽きる様子がありません。
 また、反対隣りの方が「主人を亡くして23年になります。23年間、早く主人のところへ行きたいと、ずっと念じつつ今日に至っています」と。そして、その方も、ご主人のこと、遺されたご主人の家族との関係など、話し出したら止まりません。

 これって、私の職業がらなのでしょうかね? お尋ねもしないのに、なぜか、隣り合わせる方に皆「グリーフ・ストーリー」を語られてしまいました! もちろん、このような場では自分の職業は証さないことにしているのですけれど。ちょっと、サポート・グループの雰囲気でした。

 法要では、もちろんお寺のご住職が司式者ですが、他寺から出張されたその他5人の若いお坊さまが、一緒にお経を唱え、それがまるでクワイアのように良く響いて、心地よい気分にさせられました。
 お経のソリスト?は、オペラ歌手バリによく声が通って、聞き惚れた瞬間もありました。毎日、訓練するのでしょうね。

 夫が亡くなって来月で13年になります。これまで、ほぼ毎年、彼の命日には教会で記念式(メモリアル)をやっていただいて来ましたが(私達夫婦はクリスチャンなので)、実は、鈴木家のファミリ−・リリジョンは浄土宗なのです。

 やっと、13年が経ち、私は、鈴木家の先祖の供養に心を配れるようになったようです。これまでは、夫との死別が私の心の大半を占めていたので、教会の儀式をお願いすることで精一杯でした。ご先祖のことを考える気持の余裕がなかったと思います。

 今日は、亡くなった夫の両親、祖母(祖父とは知り合うチャンスがなかった)のことなどを思い出し、その魂に思いをはせていました。「これまで、ご供養できなくて、お許し下さい」と心で念じながら。13年、必死で生きて来た気がするので、ご先祖もきっと許して下さると思っています。

 日本の仏教は、良く「葬式仏教」などと言われますが、今日は、それはちょっと違うのではないかと思いました。このお寺を見る限り、檀家の皆さん日頃からとてもご熱心で、信心深い様子ですし、お坊さまも、こうやって檀家を集めて、親しむ機会も作って下さっています。

 秋の一日、お墓参りもして、おかげで何となく、清々しい気持で帰宅しました。そうか、お寺でもグリーフの「サポート・グループ」を提案してみようかしら。ニードがありそうです。

 
 
by yoshikos11 | 2007-10-15 01:52 | Comments(0)

アル・ゴール ノーベル平和賞受賞

 「不都合な真実」という映画を製作、地球環境の異変に、厳しい警告を発したアル・ゴール氏がノーベル平和賞を受賞しました。残念ながら、私はずっと見たいと思いながら、その映画まだ見ていません。本を貸して下さった方があり、写真をパラパラと見ただけです。

 しかし、彼がノーベル平和賞に輝いたことに、ちょっとした感動を覚えています。 なぜなら、既に5年前になるでしょうか、彼が米国大統領選挙でブッシュに破れた、それもフロリダ州の投票用紙の数え直しまでして、極、僅差で破れたのでした。

 その差についても、何かグレーな部分もあったような記憶です。

 そんなわけで、あの時私は、アル・ゴールほど納得のいかない「敗北」に甘んじた人はいないのではないか?そう思った程でした。そして、一体、このような微妙な敗北とか、喪失を彼はどうやって克服するのか、人ごとながら、しばらく気になっていました。

 その後、彼は、環境問題に本格的に突っ込んで行き(副大統領当初からこの問題に関して、大変熱心だったそうですが)とうとう、映画まで製作してしまった。そして、今回のノーベル平和賞という、世界中の注目を浴びる栄誉を獲得したのですね。

 もし、アル・ゴールが、5年前、ブッシュに勝って大統領に選ばれていたと仮定したら、今日、彼は、ノーベル賞を得ていたでしょうか? どうも、そうは思えないのです。大統領選に負けたからこそ,彼は、時間やエネルギーを全て環境問題につぎ込むことができたのではないかと思うのです。

 さらに言うならば、大きな喪失により出来た「心の穴」を埋めようとする、いわば負のエネルギーというものは、実は強烈なのかもしれないのです。別な何かで満たそうとするそのパワーというものは、予想外に大きいのですね。穴が大きければ、大きい程、エネルギーは大きいはずです。

 米国大統領に選ばれる事と、ノーベル平和賞を授与することと、どっちがより大きな名誉なのか、それは本人に聞いてみなければ分りません。しかし、アル・ゴールは、単なる負け犬に終わることなく、喪失をプラスに転じたことには違いありません。

 喪失とか、苦しみとかを経験した直後は、一見して「避けて通りたい」「ネガティブ」なことにしか見えないのですが、実は、時間が経ってみると(長い目で見ると)、単に「ネガティブ」だけではなくて、何か「良い事」もあったと思えるようになるものなのですね。(アル・ゴール氏、きっとそう思っているような気がしてなりません!)

 一方、例の大統領選で、勝者となったブッシュはと言えば、どうでしょうか? アメリカ国内での支持率がドンドン降下して、不人気な政治家のモデルみたいだし、イラクの泥沼状態の政治的責任は一切、ブッシュにあるみたいな印象を、世界中の人が抱きつつありますね。(全て、ブッシュの責任ではないでしょうが)

 ここへ来て、かつての二人の宿敵が、世界レベルの評価という事において、すっかり逆転したように思うのは、私だけでしょうか? 

 喪失は、人生において、必ずしも「悪くはない」、苦しみも、時が経てば「良い事」もあった、そう思えるものだ。今、苦しみにある方、ぜひ、アル・ゴールを思い出して、そのことを信じていただきたいと思います。
by yoshikos11 | 2007-10-15 00:25 | グリーフ | Comments(0)