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高齢者にも役割が

 昨日は「日本自殺予防学会」の研究会に参加しました。講師は社会学者で自殺問題のエキスパートである松本寿昭氏でした。松本先生は過去35年にわたり新潟のある村で自殺者の遺族にインタビューを続けて来られました。昨日のテーマは「自殺者の<こころ>を読む:自殺者のライフヒストリー」でした。

 膨大な事例の中から4例を御紹介下さいました。いずれも高齢者の自殺事例です。先生は「自殺の理由は個々に於いて異なる」ことを強調され、しかし事例研究を積み重ねることで「共通点」も見えて来ると言っておられます。4つの事例を読んで正直、胸が塞がる思いがしました。

 高齢に達し家族内の「自分の役割」はもはやなくなり、健康上の不安も抱えて家族の重荷や迷惑になりたくない、「死ぬことが一家の皆の幸せ」と判断して自殺を選ぶ〜そのような高齢者の気持が共通して読み取れるからです。
 いずれも二世代、三世代が共に暮らす中での高齢者の孤立と孤独が問題です。大都会の単身高齢者の悩みではありません。家族内にあって感じる孤独、寂しさもひとしおかもしれません。

 新潟のある町ではこうした高齢者の自殺を予防するために「役割がなくなっても生きていていいんだよ」という標語をPRしているそうです。これって、思いやりがあるようでいて実は偉そうな響きを感じます。お情け与えますみたいな。いずれは皆年寄りに。私たちは運命共同体なのに。

 高齢者は人生の先輩です。昔は「お年寄りの知恵」や「ご隠居さんのアドバイス」などそれなりに珍重されていたと思いますが、いつからそうした価値が忘れられてしまったのでしょう。じっと座って沈思黙考するような晩年から、私たちが学ぶことは沢山ありそうに思えます。

 とても考えさせられる研究会でした。帰宅したら友人が電話をしてきて「老後も進化する脳」というイタリア人科学者(80歳の女性)の書いた著書が今注目されていると知らせて来ました。タイミングの良さに早速買って読もうかと思っています。

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by yoshikos11 | 2009-05-31 16:29 | Comments(0)

国家的 グリーフ

 韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)・前大統領の国民葬が29日朝から営まれ、国を挙げて哀悼したという報道がありました。まさに国家レベルのグリーフです。

 たとえ誰であれ自殺というニュースには常に心が震撼とさせられます。それがつい最近まで国家の全責任を担っていたリーダーの自殺と聞けば、国中の衝撃も半端ではないでしょう。ノ・ムヒョン氏は身内が賄賂を授受していたことが発覚して、自分とファミリ−の「恥」と「不名誉」を苦にして自らの命を絶ったようです。
 「不名誉」を耐え忍ぶ位なら死んだ方がましであるという思いは、洋の東西を問わず特に高い地位にいた人、軍人、また日本の武士などに共通した一つの自殺の動機と言えます。プライドが高いだけに自分の失態を許せないのでしょう。

 韓国の人たちは、お金の問題で嫌疑をかけられ批判の矢面にいた前大統領に対して、そのことはさておき、今大きな悲しみと同情を抱いている様子です。既に70万人が弔問に駆けつけたとか。その裏には彼の罪(あるとしたら)が命を代償にするほど大きくはないはず、という戸惑いがあるのかもしれません。

 政治と金の問題はどこの国にも共通した永遠の悩みです。日本でもつい最近、そのことで民主党の党首が入れ替わったばかりですね。また、人はお金の誘惑に負けやすく「弱い」ところがある。不正が良いとは言いませんが、今や政治家に清廉潔白を求めること自体難しくなっています。

 ノ・ムヒョン氏にも「弱さ」があったのかもしれませんが、その「弱さ」を認める勇気が本人にあったならと思わずにはいられません。そこから更正や再生の道があったのではないでしょうか?また、周囲にも人の「弱さ」と「再起」を許す風潮が少しでもあったなら、彼を死にまで追い込まずに済んだのではと残念に思います。

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by yoshikos11 | 2009-05-29 18:47 | Comments(0)

グリーフ・カウンセラーに求められること?

 今回、「ハープ・セラピーについて」のイベントを主催し、ただ「良かった」と自画自賛だけでは進歩がないので、支えてくださったGCCの協力者たちと反省点もあれこれ話し合いました。全て今後に生かせればと思っています。

 私の反省点:今回のイベントが将来「グリーフ・カウンセラー」を目指す方たちに「最適」と思って実施に踏み込んだのですが、そうした方々の反響が今イチだったことです。もしかして説明不足だったのかと反省もしきりです。
 一方でそれ以外の分野で「スピリチュアルケア」に興味を持っている方々が大勢来てくださったので励まされたのですが。

 もしかして「グリーフ・カウンセラー」に必要なことが、学問的な知識や理論、カウンセリングスキルと思われているのかなと、ちょっと気になっています。もちろん、そうした専門性は必要不可欠ではありますが、この仕事はクライエントに「専門性」を提供するというよりも、まず、「自分自身」を提供することだと思うからです。

 その意味でグリーフ・カウンセラーは、まず、自分が癒されている必要があります。また、カウンセリング以外でも、クライエントが他のどんな療法や経験に癒されるのだろうか、ということに常に関心と理解を持って、豊かで広い心で相手と接する必要があります。人が何に癒しを感じるかは百人百様なのですね。

 ハープ・セラピーはそうした「癒し」の本質を教えてくれる絶好の教材でした。また、神藤先生も「ハープ・セラピーはグリーフ・カウンセラー自身の癒しに最適ですね」と私におっしゃいました。グリーフ・カウンセリングとスピリチュアルケアは切っても切れない縁にあることを、この道を志す方々にもう一度伝えたいと思います。

 GCCは「共感、思いやり、尊敬」の心でクライエントをお迎えします。サイトもよろしく:
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by yoshikos11 | 2009-05-28 12:00 | Comments(0)

ハープ・セラピー講演会盛況でした!

 5月24日(日曜日)にはハーピストで療法音楽士(therapeutic musician)の神藤雅子さんをお招きしてGCCの特別講演会を開催しました。大勢の参加者に来て頂き感激しました!

 なぜ、ハープ演奏が、重篤なご病人や死別を体験して悲しむ人に「癒し」になるのか、神藤先生は西洋におけるハープ演奏の史実や実績と、近代科学の論理との両面から初心者にも分りやすく説明してくださいました。

 西洋中世においては「医学」とは修道院が中心に実施しており、「医」は体だけでなく「心」のバランスを取り戻すことに心を砕いたとのことです。今で言う「トータル・ペイン・コントロール」(ホスピスの理念の一つ)のオリジンがそこに見られます。

 また、ハープの奏でる「音」は直接人間の「脳」の思考や感情を司る領域に働きかけ、偏りや滞りを正すらしいのです。神藤先生は何曲か演奏をしてくださり、参加者全員は「脳」がほぐれる実体験をしました。美しい音色に心身の緊張が解けて、眠ってしまった方もあったとか。

 たいへん科学的であると感じたのは、療法音楽士はマンツーマンで相手の症状や呼吸など心身の状態をじっくり客観的に観察した上で、それに合わせて奏でてくださるとのことです。いわば、テーラーメードの療法なのです。なんと贅沢なことでしょうか!

 しかし、日本の医療の壁が厚いため、せっかくのハープ・セラピーを院内に導入していただけないと先生はおっしゃっていました。もったいない。欧米では既に病院に定着し、その効果も実証されているそうなのですが。
 病床に伏し動けなくなったなら、ぜひ、ハープ・セラピストに来てもらいたい〜そんな風に思ったのは私だけではなかったようです。

 今、神藤先生がご愛用のアンティーク・ハープ(18世紀のナーデルマン・ハープと言ってマリーアントワネット専任ハープ製作者の作品)で奏でるCDを聴きながらこのブログを書いています。なんだか天国の近くに行けそうな、大空を飛んでいるような気分になります。
(すみません、夢見心地なのでブログはこの辺で!)

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by yoshikos11 | 2009-05-26 21:55 | Comments(0)

シスター・フランシスをお迎えしてランチ

 土曜日には来日中のヘレン&ダグラス・ハウス創始者、シスター・フランシスをお招きしてランチを企画しました。シスターとは過去2回ほど国際死生学学会(IWG)でお会いしていますが、来日の折りにはぜひ、ゆっくりお話がしたいとリクエストしていたので、その念願が叶って多忙な日程の中時間を作ってくださいました。
 ランチには日本の死生学のパイオニア、アルフォンス・デ−ケン先生初め、シスターを知る数名の学者の方々にも集まって頂きなごやかな集いとなりました。
 「リスパイト・ケア」(重病の子どもを抱える親に小休止を)という身近な親切、隣人愛、助け合いの精神から、シスターが世界初の子どものホスピスと言う偉業を達成されたことに、とても親近感と説得性を感じた旨ご本人にお伝えしました。
 それについてシスターは、「私は大学も出ていないし、知識人でもないし、単なる一人のナースです。物事を難しく考えたり、議論したりするのではなく、必要なことを実行したまでです」と大変謙虚で明解なお答えでした。

 日本の「子どものホスピス」実現にあたっても、不言実行の人が必要なのかもしれません。やる前からあれこれ心配ばかりしていたら何ごとも始りません。試行錯誤という手もありますね。
 また、切り口として「子どものホスピスを」ではなく、「親にリスパイト・サービスを」ということを前面に打ち出し標榜したら、誰もが賛同して協力しやすいのかもしれません。シスターもそれには賛成のようでした。
 今週は、勇気ある実行の人、シスター・フランシスに勇気と元気を与えられたました!

f0101220_17152491.jpgピンクのパンツスーツも鮮やかなシスター・フランシスと。来日中には皇后陛下との再会もあったとのこと。
by yoshikos11 | 2009-05-25 17:18 | Comments(0)

世界初の子どものホスピス

 昨晩は英国の子どものホスピス、ヘレン& ダグラス・ハウスの創始者、シスター・フランシス・ドミニカを初め、ハウスの関係者数名を招いてのシンポジュームが聖路加看護大学の講堂でありました。
 シスターが子どものホスピスを創設した経緯を話されましたが、それが、高邁な思想や理想などから生まれたのではなく、実に身近な親切からスタートしたと言う点が興味深かったです。困っている隣人に手を差し伸べたいと心ある人なら誰しも感じるような気持、たいへん現実的で実践的なシスターの気持が「世界初の子どものホスピス」実現という偉業に繋がったのです。

 ある時、重病の子どもを抱えて、看病で心身ともに疲労困憊している母親が、シスターに苦境を打明けたそうです。その子(ヘレンちゃん)は昼も夜も片時も目が離せず、親は一日24時間、彼女のケアで睡眠はおろかつかの間の休息すら思うに任せません。
 母親は「こんな状態がいつまでも続くのかと思うと不安でたまらない」と訴えたそうです。同情したシスターは「何とかしなければ」と思い、「私が2-3日、ヘレンを預かるので、ぜひ、休暇を取ってください」とオファーしたのです。それが全ての始まりです。(ちなみに、シスターは小児看護士の有資格者ではあります。)

 そして、現在もヘレン&ダグラス・ハウスは経営理念の一つとして、親たちへ「リスパイト」(中休み)を提供することを強調しています。もちろん、親たちが安心してホリデーを取るには、漫然の医療体制はもとより、子どもを満足させる充実した環境やプログラムが準備されているということがあります。
 利用者である母親の一人が「病気の子も、その兄弟もここへ来るのがまるでおじちゃん、おばあちゃんの家に遊びに行くみたいに楽しみにしている」と紹介されたビデオで語っていました。

 どんなに我が子がかわいくても看病する親にも限界があります。「親なんだから我慢しなさい」ではなく、人間的な思いやりからスタートした子どものホスピス、果たして日本ではどうでしょうか?(日本にはまだ子どものホスピスはありませんが)
 また、ヘレン§ダグラス・ハウスの財源の90%近くが全英からの寄付で成立しています。日本にはチャリティのカルチャアがない、と言ってしまえばおしまいですが、何とか隣人愛的支え合いの精神が日本にも育って、私たちの手で子どものホスピスが実現できたらいと思わずにはいられません。

 

 

 
by yoshikos11 | 2009-05-22 15:16 | Comments(0)

3人の子どもさんを亡くした福岡の夫妻

「2006年8月、福岡市で幼い3人のきょうだいが犠牲となった飲酒運転事故の控訴審判決で、福岡高裁は、1審で認められなかった危険運転致死傷罪などを適用し、被告の男に懲役20年の判決を言い渡した」(朝日新聞より5月15日づけ)

 この痛ましい悲劇から3年近く経ったのですね。私は時々この事故のことを思い出し、最愛のお子さんを一挙に3人も亡くした大上さん夫妻のことが気にかかっていました。その苦しみ、悲しみの大きさは想像を絶するものがあります。

 親にとって子どもを亡くすことは体の一部をもぎ取られるような痛みに違いない。子どもの命を救う為ならどんな犠牲でも払いたい、自分の命さえ投出したいと思うのが親ですね。それがある日突然一瞬のうちに3人とも奪われてしまった。
 事故当時、お母さんは何回も水に潜ってお子さんを探し、救おうとしたそうですが力つきて諦めたとテレビで話していたのを記憶しています。それを聞いて込み上げるものが。こんな苦しみ、たとえ誰であっても、あってはならない! あまりにも大き過ぎます。

 大上さん夫妻は事故のフラッシュバックなどにずっと悩まされたそうです。フラッシュバックは時と場所を選ばず突如として襲うので生活にも支障があり。睡眠も邪魔され、健康を害することも。たいへんな日々であったことが想像されますね。(専門家の介入があったのだろうか?)

 15日の判決後、お父さんは「裁判長が(判決を)言い渡された時は、もう...、胸がいっぱいになり...」と、言葉を詰まらせながら思いを語った〜と報道にありました。「あってはならないこと」として法が正当な裁きを下したことで、夫妻の正義が多少なりとも晴れ、僅かでも傷みが軽減されたなら良かったと思うべきでしょう。

 しかし、加害者の刑の重さがどうあれ、亡くなったかけがえのない3人の子どもさんの命は取り戻すことはできない。心にポッカリ開いてしまった穴や傷を癒すことはそう簡単にはできない。「やりきれない気持」はぬぐい去り難いでしょう。

 大上さん夫妻が、何かで、どこかで少しでも心の癒しと平安を見出すことを祈らずにはいられません。
by yoshikos11 | 2009-05-17 03:46 | Comments(0)

恩師ジャック.モーガン先生を想う

f0101220_14484514.jpg 今日5月14日は私がカナダのキングス・カレッジに留学中の4年間、ずっと指示し御世話になったモーガン先生(通称ジャック)の4年目の命日です。(シャクヤクの花は先生に捧げる意味で生けました)

モーガン先生は北米に於ける死生学の創始者であり世界に先駆けてキングス・カレッジに死生学の特別プログラムを開設されました。私は日本の死生学のパイオニアであるアルフォンス・デ−ケン先生のご紹介でジャックと出会いこのプログラムに入学しました。

デ−ケン先生は「キングス・カレッジのプログラムは世界一充実しています」と太鼓判を押されました。まさにその通りです。

特にジャックが指揮するサナトロジー(死生学)概論はキングスの多分野の教授陣が一年間かけて担当し、外部からもホスピス医と看護士長、フューネラル・ディレクター、セラピストなど専門家が招かれて教鞭を取ります。概論の他に多数の専門コースが用意されています。

また一年に一度、ジャックは死生学の国際会議を主催し世界中から本分野の学者がキングスに集まって来ました。この学問の発展に遺したジャックの功績は測り知れません。

ジャックの思い出はつきませんが、特に忘れられないことは、カナダを去る前の半年間、ジャックに毎週、個人教授を受けて私は自分の「グリーフ・ストーリー」を書き上げたことです。アメリカで出版の予定になっていたのですが、残念なことにその寸前にジャックが死去されバックアップを失った私の原稿はペンディングになってしまいました。

恩師と出版の機会を一度に失った私は一時大変落ち込みました。しかし、多くの時間を費やして故人指導してくださったジャックの好意と教育熱心さに恩返しするためにも、いつかはこの「本」を世に出せたらと思っています。

いつになるか分りませんが、天国からジャックが応援してくださっていることでしょうから、いつかそんなチャンスが訪れるかもしれません。

キングス・カレッジ正式名称:King's University College (London,Ontario, Canada
ジャック正式名称:John D. Morgan Phd
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by yoshikos11 | 2009-05-14 15:22 | Comments(0)

母のない子、子のない母

 日曜日、母の日の夕方の番組(NHKだった記憶)で若くして母を亡くした女性が「天国のおかあさんに手紙を書こう」と言う題名の本を出したと報じていました。たいへん反響があったようですね。

 デパートでは母の日特別ギフトセール、レストランでも母の日スペシャルメニュー、スーパーでも母の日のご馳走とどっちを見ても母の日一色でした。母のない子たちにとっては寂しさの引き金になることばかりですね。
 そんな折りにこの女性の本は寂しい想いをする人たちの慰めになることでしょう。

 一方、お子さんを亡くした母親にとっても、この日は祝ってくれる子がいないことが身にしみるのではと想像されます。若林一美さん主催の「ちいさな風の会」(お子さんを亡くした親御さんの会)の会員の方の投稿を読んで心を打ちました。
 
 母の日には「全世界の母親に対する猛烈な嫉妬で頭がくらくらしそうだ」と書かれた一人のお母様の言葉を読んで、深く心を痛めました。また、祝ってくれる子どもが3人もいる自分が申し訳ないような気もしました。

 しかし、母の日にそのお母様の手元にカーネーションの花束が届いたのだそです!「あの子が天国から送ってくれたんだわ!」と歓喜するその方。多分ご主人の心温まる計らいと思いますが、何と素敵なお話でしょうか!(若林一美「ちいさな風の会」の20年を振返って 講演記録より)

 私はその方の喜びを素直に喜びました。そして、お子さんを亡くして支え合って生きていらっしゃるご夫婦の様子が彷彿とされて、少し安堵感も覚えました。



 
by yoshikos11 | 2009-05-12 02:40 | Comments(0)

私のグリーフに転機が?

 実は、義母の命日について思えるようになったのは、実に14年も過ぎた最近のことなのです。これまでは、「命日」と言えば私にとって夫の「命日」だったことにようやく気がつきました。
 夫の命日には毎年教会でメモリアル・サービスをお願いしたり、家族で会食したり昨年は皆さんにメモリアル・カードをお送りしたり、何か記念になる行事を心がけて来ました。

 しかし、義母については、決して忘れていたわけではないのですが、特別なことをしてきませんでした。昨年あたりから少しづつそのことが気になり義母に申し訳ない気もし始めました。
 先程も書いたように、夫と義母の死は半年違いです。言い訳になるかもしれませんが、私たちは短期間に二人以上の身内を亡くした場合、全員を同時にグリーフできないのだと学者は言っています。

 私の経験からもまさにそうなのだという気がします。特に、生活を共にした生涯のパートナーを失って、そこからの再スタート(再学習という学者もいます)はまさに必死でした。心のゆとりなどあったように思えません。
 14年が過ぎて義母の命日に心を馳せられるようになった私、多少、グリーフの過程が前進したのかもしれません。義母は聖人のように心の清い人、純粋で決して人を悪く思わず言いませんでした。私は彼女が大好きでした。きっと私の至らなさも許してくれるという安心感があります。
by yoshikos11 | 2009-05-10 13:48 | Comments(0)