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夫の命日、至近距離

 
f0101220_13311355.jpg秋は行事が多いですが、私のメイン・イベントは11月8日の夫の命日です。彼が亡くなって15年になります講座では「命日シンドロームといって、記念日が近づくと、遺族は何となく気持ちが落ち着かない」などとお話していますが、実は私にもそんな感じがありますね!

 さすがに15年経つと、悲しみに沈むとか落ち込むとかいうことはありませんが、何となく物思いに耽ることが多く、故人とユカリのある何かをやりたいと思うようです。たまたま、私の幼なじみの友人は、今週がご主人のご命日(6年目)だったのですが、やはり心が「ざわざわする」と言っていました。彼女は10月末、私は11月初め、互いに時期同じくして気持ちを分かり合いました。

 故人にユカリのある何か、ということで今年もメモリアル・カードを手作りしました。生前、夫を知っていて下さった方々へ、お送りする予定です。年中、時間不足の私には、ちょっと「大それた」計画であったことに、着手後間もなく気がついたのですが、後へは引けません。

 銀座の伊東屋でカード用紙と封筒の購入に始まり、挿入用写真探し(パソコンでダウンロード〜これは次女が助けてくれました)挿入用「詩」の選択、ご挨拶の文章作成、カードのレイアウトなど、プリントアウトに漕ぎ着けるまで、試行錯誤の連続で、3週間はかかった気がします。
 
 やっと昨晩、80セットを完成!宛名のラベルはりも終わったら、達成感と同時に疲れもドット出たと言うのが正直なところです!(実は、昨年は知人でデザイナーの方が、メモリアル・カードを作って下さったのですが、今年は彼女が病に倒れられ、お願いできなくなったのです。)

 夜更けにカード入りの封筒の山を眺めながら、夫が生前、子どもたちによく言っていたという言葉を思い出しました。「母さんは、直ぐ無理をしようとするからね〜」。昨晩は、きっと夫がそう言っているだろうと感じていましたが、「他ならぬ貴方のため、どんな無理でもやりますよ!」と応える私がいました。

 たいへんではありましたが、カード作りにあれこれ思い悩み,打ち込む間、ほのぼのとした喜び、楽しさなども充分感じていましたし、メモリアルのイベントとは、遺された者の癒しに他ならないと実感しました。

 
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by yoshikos11 | 2009-10-31 14:17 | Comments(0)

講師冥利

 
 f0101220_1413445.jpg書きたいことが山ほどたまってしまったように思いますが、このところ公私ともどもやることが山積して書く時間がありませんでした。

 その中で、10月には4回にわたり千葉の麗澤大学生涯学習センターで「グリーフケア」についての講義を受け持たせて頂きました。40人を越える大きなクラスでした。講義のテーマは「喪失からの再生」ですが、ナラティブ・アプローチによって喪失に意味づけをすることが、再生への第一歩であるという内容でお話ししてきました。

 最後の講義の後に、一人の受講生の方が目を潤ませながら「自分の喪失に照らして、先生の講義の一言一言が身にしみて感じられ、グリーフのことが実感として良く理解できました。ありがとうございました」と言って下さいました。このように素直なコメントを聞かせていただくことは、講師冥利に尽きる瞬間です。私こそ「ありがとう」と言いたい思いです。

 また、ご主人を若くして亡くされたGCCのある受講生の方が「昨年、先生の講座を取って、やっと立ち上がることができました」と言って下さいました。この方は、昨年、調子が悪そうな様子でしたが、最近、とても元気になられたようなので、何かが吹っ切れたのかな、と思っていた矢先だったので、これまた大変うれしいコメントでした。

 さて、11月は色々イベントがあるようですが、中でもぜひお薦めは、若林一美先生の主催される「ちいさな風の会」20周年記念会です。若林先生はお子さんを亡くされた親御さんたちを、過去、20年間ずっと支え続けて来られました。先生のお話は、情感豊かで、言葉が流れるように美しく、私はファンの一人です。今回も伺うのを愉しみにしています。

 日程は、11月7日(土曜日)午後1時半より(受け付け1時より)
 場所:こまばエミナース (井の頭線、駒場東大前)
 プログラム:講演:若林一美「悲しみはやさしさー小さな風の会を振返って」
       ほか、ご遺族代表のお話、親睦会などもあるようです。
問い合せ先:gentle-bleeze@ezweb.ne.jp

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by yoshikos11 | 2009-10-30 14:19 | Comments(0)

宗教色に対するアレルギー

 昨日、「マザー・テレサに奉仕した日本人」について書きましたが、工藤氏の講義に対しては受講生が様々な受止め方をしたことが推測されます。講義後、知人で受講生の一人S氏は、「自分にとっては、あのように宗教色フンプンとした講義は受入れ難い。」とふっと私にもらしました。S氏はそれだけで講義全てに拒否反応を起すということでした。

 私自身は、上智大学というミッション系、本講座の主催が神学部であること、また、話は「マザー・テレサ」とあっては、宗教色があっても当然と受け流していたところがあるので、S氏のコメントには「はっと」しました。「そうか、S氏が言うように、今日の講義はとり様によっては、キリスト教の『宣教』とも取れる」と言うことに気付いたのでした。

 もちろん、主催者や講師が意図的に講座の場を「宣教」に利用しているなどどは思えません。しかし、受講生は一般人であり、宗教の有無などを問われて参加している訳ではないので、S氏のように宗教色に敏感な人もいるかもしれないと言う配慮が、主催者サイドにあってしかるべきなのかもしれないと改めて思いました。(私も、時には講師や講座の主催者という立場にいるので、実は、この問題にはいつも気を使っています)

 振返って工藤氏の講義は、個人的な逸話なしには語れない性質のものであり、特に、マザー・テレサの「死を待つ人の家」での体験談などは、講師自身がキリスト教に帰依した話をはじめ、そこで奉仕する人たちが宗教家であり医療者であることなどを含めて、宗教を抜きにしては話にならないでしょう。また、聴講する立場から、アカデミックな内容であっても、その中に、個人的な逸話を交えてもらうことでより興味深く聞けるのも事実です。

 また、S氏の反発は個人的な逸話の内容そのものと言うよりも、その導入の仕方にあるのではと思ったのです。まず、主催者が最初に講師の紹介をやり、受講生には何を把握してもらいたいのか(ホスピス理念なのか、スピリチュアル・ケアなのかなど)を表明する。次に、講師自身も、「私ごとになりますが」とか「ここからは、個人的信仰に触れることになりますが」とか随所に断わりを挿入するなど、そういう配慮によって宗教アレルギーに対する緩和策が取れると思うのです。

 有名な神学者ブルトマンは言っています。「教会の外で、教会用語や神学用語を無神経に使うことは誤解と反発を呼ぶだけである」と。そうした用語を使用せずに、深い知恵や教訓を伝達する術はきっとあるはずと私は思っています。

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by yoshikos11 | 2009-10-23 13:32 | Comments(0)

マザー・テレサに奉仕した日本人

 上智大学の「生と死を考える」という講座(12回)を履修していますが、昨晩は社会福祉士の工藤裕美先生の講義でタイトルは「マザー・テレサの『死を待つ人の家』に学ぶでした。工藤氏は(と言ってもまだお若い女性)20代の前半にインドへ亘り、マザー・テレサの修道会に滞在し、その後、『死を待つ人の家』で数年、奉仕をされました。母上とご一緒に行かれたそうです。まず、どうして工藤氏が、マザー・テレサを訪問しようと思われたのか,良く決心されたとその当たりが一番知りたいところでした。

 お話では、大学を卒業後、志望した就職に尽く失敗し、絶望の日々を送られていたある日、夢で「白い象」が出現。象に助けられ九死に一生を得る経験をした〜目が覚めてその意味について考えていたとき、お母様がヒントを出されたそうです。「象」すなわち「インド」、「インドで人助けをしなさい」という連想ゲームと暗示へ繋がったとのことです。
 スタートから工藤氏の講義は神秘的というか、スピリチュアルというか。当時、お母様もご主人(工藤氏のお父様)との結婚生活が破綻して、別居中であり、母娘ともども喪失と失意の日々だったそうですが、絶望の中にある人々にはそうした「さとり」があり、道が開けるのでしょうか?

 救いを求める旅に出た母娘をマザー・テレサは「ここは、あなた方の家、ホームと思って滞在なさい」と暖かく迎え入れて下さったそうです。しかし、昨今の若い方たちにとっては、昔と違い活動の場が全世界、広くなったものだと痛感しました。国内で就職に失敗してインドへ、40年前には考えられなかったことです。
 『死を待つ人の家』での体験から、工藤氏が先ず指摘されたことが心に残りました。お仕事柄、日本の養護老人ホームとの関わりが深いそうですが、そこでの利用者(居住者)の「最後の迎え方」が、驚くほど貧しいと実感するということでした。インドに比べて物質的には遥かに豊かであるはずの日本が、この点に関してはずっと「貧しい」、インドでの死の迎え方は、日本よりずっと豊かであると言われたことは、衝撃的でした。

 しかし、最後まで工藤氏のお話を伺うと、「インド」というよりも、マザー・テレサの家(ホスピス)が豊かな看取りを実現しているのだ、ということが分かりました。ブログでも、本場のホスピスの精神などについて書いてきましたが、日本ではホスピスを導入したものの、その真の精神が浸透していないということではないでしょうか?工藤氏のお話から、そのことを再認識させられました。
 「仏像を作って魂を入れず」ではなく、「魂あっての仏像」を考える時期が来ているようです。

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by yoshikos11 | 2009-10-22 14:15 | Comments(0)

映画、「アニエスの浜辺」

 フランスの女流映画監督、アニエス・ヴァルダの自叙伝的映画「アニエスの浜辺」を見て来ました。フランス映画の日本への紹介は、近年、めっきり本数が減っているようですが、今年はフランソワーズ・サガンの自叙伝映画に続いて、二本目の話題作公開です。また、今、ココ・シャネルの映画も公開中です。
 
 女性の監督が少ない中で、アニエス・ヴァルダはあまりにも有名で、私も名前は知っていました、しかし、かくいう私は、彼女の作品を見たのはこれが初めて。いわばヴァルダ映画の初心者です。彼女が80才の生涯を回想し、記念して作ったのがこの作品です。

 自叙伝に「浜辺」というタイトルを付加しているところに、まず、魅力を感じ興味をそそられました。(les plagesは「浜辺」よりも「海辺」と訳した方が素敵では?)そして映画では、アニエスが幼少期を過ごしたベルギーの海辺、戦争中疎開した南仏の海辺、夫ジャック.ドウミと過ごした南仏の島(ノワール・チエ)他にもゆかりのある世界各地の数々の海辺が、美しい映像で紹介されていました。私もその一人ですが、「海好き」の方にはこの映画、世界各地の海辺を散歩しているような気分にさせてくれるので、それだけでも楽しいと思います。

 私が、特に興味を持ったのは、アニエスが、彼女の夫であり、有名な映画監督でもあるジャック.ドウミとの死別(1990年)を、どのように映画で物語るのかという点でした。二人の結婚生活は32年間に及びますが、映画界では「おしどり夫婦」として知られていました。(ちなみに、ジャック.ドウミの「シュルブールの雨傘」は日本でも大ヒットしました)

 アニエスの「グリーフ・ストーリー」は、実は、彼女が夫の死後一年を記念して公開した作品「ジャック.ドウミの少年期」という作品に表現されているのです。ジャックが病魔に襲われ、終末期を迎えていた数ヶ月に、アニエスはこの作品を撮影しました。「アニエスの浜辺」では、その時の撮影風景が紹介され、今は亡きジャックが、彼女が働く傍らでじっと撮影の模様を見守るシーンが出て来ます。感動的なシーンでした。

 ジャックに対する生涯の思いや、やがて迫り来る死別の悲しみなど、アニエスは「ジャック.ドウミの少年期」に込めたことでしょう。ジャックは撮影が終わった時点で亡くなるわけですが、アニエスがその後のことをインタビューで話しているのが、大変印象的です。
「彼が亡くなった後も、私は映画を仕上げなければならなかった。それが過酷な一方で、まさしく喪に服すひとつの方法でもありました」と。
 アニエスは、仕上げの過程でジャックの古い作品をコピーしたり、彼について映画の中で色々語ったりしたとのこと。その過程でアニエスは「可能な限りジャックと一緒にいる必要があり、また、そうしていた」とも言います。アニエスは映画制作という行為をとおしてジャックを弔ったということなのです。

 映像によって、最愛の夫との死別を表現する、女流映画監督ならではのなんと素晴らしいグリーフ表現でしょうか!残念ながら「「ジャック.ドウミの少年期」という映画は見ていませんし、インターネットで検索しても、そのDVDはどうやら発売されていません。ぜひ、見たいのですが。。。レンタルでならあるのでしょうか?どなたかご存知でしたら教えて欲しいです。

 映画自叙伝を自分で制作しちゃうというアニエス・ヴァルダのたくましさには脱帽です!!ドキュメンターリーが得意のようですが、ロマンチストというより、人生を確実に映像に収録していく現実主義者、仕事人間といったら良いのでしょうか?

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by yoshikos11 | 2009-10-18 14:34 | Comments(0)

オバマ大統領とノーベル平和賞

 オバマ氏がノーベル平和賞を受賞したニュースには、大反響がありました。私も「ええっスゴい!でも意外!」と思いました。
 私の周囲でも平和運動に熱心な人もいて早速メールが飛び込んできました。その人曰く「プラハでの彼の演説を聞いて、いよいよ核廃絶が夢ではなく,希望が持てたと思ったものの、彼は本当に動くのだろうか?と半信半疑でもあった。しかし、国連での再確認、そして今回の平和賞受賞でこれはホンモノだ」と思えるようになったとのこと。

 確かに、核戦争だけはたった一回誰かがボタンを押すだけでスタートし、一度押してしまったら連鎖的に保有国は報復を図るだろうから、この地球が、そして人類全体が絶滅の危機に瀕します。人間の愚かさが人間を滅ぼすというこれ以上の悲劇はないわけで、何としても避けなければならないことは、素人でも容易に想像できますね。
 そんな火を見るより明らかな脅威を前にして(日本人は身にしみています!)、世界のリーダーたちが足並みを揃えて廃絶に向かえなかったのは事実で、皆口にはしなくても一大ジレンマと感じていたに違いない。そこで、ノーベル賞選考委員会は、世界で今、最も影響力と人気のあるオバマ氏を「利用?」して核廃絶推進のPRの意味で、彼に受賞を決めたように思えます。

 中には「オバマ氏はまだ平和運動の実績がないのに、早過ぎる、おかしい」と今回の受賞に首を傾げる人もいたようですが、PR効果を考えればおかしいことでもないし、むしろ、選考委員会の人たち「やるじゃない!」と思えます。

 一方、アメリカ国内では複雑なコメントもあるようですね。国内に問題山積している今(社会保険制度の改正、金融危機後の経済再建、ETC)オバマ大統領は、世界平和のことより、アメリカ国内の平和と安定を最優先事項にすべきではないかと心配している専門家もいます。平和賞は彼にとって妙なプレッシャーになるだけで、本人にとってもアメリカにとって決して大歓迎とはいえないとか?

 受賞が早過ぎると言う人にも一理あるなと思えるのは、この平和賞と言えばこれまで、すごい実績のある人たちが受賞しているのですね。誰もが「当然だ」と思えるような。私が直ぐ思い出すのは、生涯をアフリカでの医療活動に捧げたアルベルト・シュワイツアー博士です、彼は有名な神学者でもありました。もちろん、マザー・テレサも忘れられません。
 また、時の政権の弾圧を受けながら、国外逃亡、幽閉、虐待などに耐えながらも国家の自治、民主化、人権保護というような大義を捨てずに闘っている人たちがいます。ダライ・ラマ(チベット)、アウン・サン・スーチ−(ミャンマー)、シリン・エバディ(イラン)などは皆受賞者です。世界中が認知している偉人が、彼ら(彼女ら)の国家からは阻害されているのも悲劇ですね。

 
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by yoshikos11 | 2009-10-15 13:32 | Comments(0)

秋晴れ

f0101220_1552099.jpg  日曜日、秋晴れの最高のお天気でした。こんな快適な日は一年中に何回もありませんね。近所の街路樹に、沈丁花の木が一本だけ混じっているのを発見。いい香りをそこはかとなく漂わせていました。

夕方は、六本木のミッドタウンの公園を娘の一家と、Bonzo(イングリッシュ・コッカ)と散歩しました。都会のど真ん中にありながら、樹木がたくさん残されていてちょっとホッとさせられる空間です。休日に遠出をする時間がないとき、近場で自然に親しむにはお薦めの場所です。

平和な秋日和、一つだけ騒がしい話題がありました。朝、四ッ谷の教会へ行ったところ、周囲に警察官が沢山いて、警察の大型車両が道路沿いにずらっと並び、物々しい警備でした。VIPでも出席されるのかと思ったのですが、何やら右翼の抗議デモ対策だったようです。警察隊に守られてのミサでしたが、詳しいことは何も聞いていません。

そう言えば、今日のお説教は「叡智」についてでしたが、何があっても「心静かに」いることも、叡智の一つと言われ、外の状況と関連づけてのお話だったのかもしれません。
by yoshikos11 | 2009-10-12 03:12 | Comments(0)

結婚記念日

 
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 台風一過、今日の東京は清涼な感じでいい一日でした。入門講座があり、4時間ほど熱を込めてお話をし、外へ出たら冷たい空気にほっとさせられました。

 ところで、昨日は私と亡夫の結婚記念日でした。彼が生きていれば、47周年の祝いのはずでした。一人になっても私にとって記念日には違いないのです。しかし、このところ仕事に没頭していた私は夕方まで、すっかり記念日だと言う事を忘れていました。

 仕事をちょっと横に置いて、夕方、あるセミナーに出席し、一時仕事のことを忘れる事にしたのですが、心が解放されたら突然、「あれ?今日は何かの特別な日だったような気がする」と気持ちがざわめき、やっと気がついたのです。命日は決して忘れないのですが。

 そこで会の皆さんにも「実は、今日は私の結婚記念日なのです」と発表したところ、結構,受けました。皆さん笑顔になりました。話しながら自分もうれしい気持ちになり、おかげで夕べはいつになく華やいだ気分にもなりました。密かに亡き夫とプロセッコで乾杯!

 来年からは、命日ばかりに拘らないで、記念日に何かお祝いをしようかと思っています。
 

 
by yoshikos11 | 2009-10-11 01:26 | Comments(0)

台風襲来,講座休講

 台風18号が日本列島のほぼ全域を襲い、各地に多大な被害をもたらしました。今は北海道の方へ北上して引き続き猛威をふるっている様子です。今夜は、GCCの講座基礎篇のクラスが予定されていましたが、正午の天気予報と交通機関の情報を確認した結果、残念でしたが休講にしました。

 GCCが講座を開講して天候を理由に休講したのは初めてです。特に、東京では比較的早くに雨が止んで青空が顔を出し、午後からはドンドン天気が回復して実に、爽やかな秋晴れになったので、ちょっと拍子抜けしました。しかし、受講生の方々に対して、直前まで決定をお待たせするわけにもいかないので(連絡の付きにくい場所にいらっしゃる方もあり)早めに決めました。

 特に、午前中から午後にかけて首都圏を中心にした交通機関が大混乱をしていて、いつ平常に戻るかが分かりづらかったです。予測するのは難しいですね。私は都心のビジネス街に近いところに住んでいますが、今日は通勤人口がいつもの20%? 町全体は静かそのものでした。アクセスできない通勤人口が多かったのだと思いました。

 近所のお弁当屋さんが売れ残り品を前にして嘆いていました。「テレビが騒ぎ過ぎで、皆怖じ気づいて休んじゃったのでは」と言っていましたが、こればかりは、自然が相手なので恨むわけにもいかないでしょうね。

 首都圏は、公共の交通機関が過密に張り巡らされ、何ごともなければ毎日、当然のように膨大な人口が遠距離を往来しています。しかし、ひとたび今日のように自然の猛威で交通機関が滞ると、大変なことになるのですね。その点、私が4年間暮らしていたカナダの町(人口33万)は、自動車だけが頼りだった為、どんなに大雪でもブリザードでも、皆出勤、大学の授業はただの一回も天候が理由で休講になりませんでした。

 文明や科学技術の進歩は目を見張るようで、かつて考えられなかったほど自然をコントロールできるようになったとは言え、地震や台風ばかりは人間が飼いならすことはできませんね。自然にはしばらくおとなしくしてと、お願いするより他ないです。

 
by yoshikos11 | 2009-10-09 03:09 | Comments(0)

中川昭一氏の死を悼む

 
 f0101220_1385788.jpg 中川昭一氏が亡くなられました。このニュース、当然メディアは大きくクローズアップし、死因なども詮索していました。お父様が自殺だった為、「もしや?」と思われたようでしたが、今となっては、ご本人の名誉のためにも、悲しみにあるご家族のためにも、もうあまり詮索しないで「そっと」しておいて上げた方がと思わずにはいられません。

 中川氏の晩年は実にお気の毒に思えました。先の衆院選での落選は、あれだけの地位にいた人が、しかも8回の当選歴がありながら、ご本人にとっては堪え難い「喪失感」だったろうと想像されます。一般人で言えば、失業であり、社会的アイデンティティの危機に違いない。
 選挙キャンペーン中、イタリア・サミットでの失態(メディア曰く朦朧会見)を詫びるというマイナスからの闘いだったと聞いています。あれだけメディアの餌食にされたにも関わらず(だからかもしれません)地元の人たちは彼を支持したということが、高得票数から分かります。

 実は私も、あの記者会見については彼にかなり同情しました。(もちろん、日本人のイメージダウンに繋がるという点は多いに気になりましたが)なぜなら、中川氏だけでなく、日本人のビジネスマンが、イタリアで同じような失態を犯したという話を、かつてイタリア企業に務めていた時、イタリア人の仕事仲間から聞いていたからです。
 昼間からフルコースでシャンペンや各種ワインを飲みながらのビジネス・ランチは、イタリアでは珍しくありません。出されるままに、飲み食いしていたら、日本人のアルコール許容量、消化力ではイタリア人に太刀打ちできません。また、時差とか旅の疲れも手伝って、渡航者はハンディもあります。日頃お酒に強いと思っている人でも、気をつけた方が良いのです。

 ということで、あの騒がれた記者会見は、中川氏の自己管理力や意志力の問題というよりも、「ヨーロッパ旅行・旅の心得」を誰かがアドバイスしたか、しなかったか、という程度の問題であると私は思いました。国家を代表する重責を担い、分刻みで動く政治家を、側近は細々とした気遣いで支えないのか、と疑問に思った程です。
 今や、何を言っても遅いとはいえ、タイムスリップして、カウンセラーとしては「中川さん、イタリアでのことは、あまり気にしない方が良いですよ。」と認知情動療法で支えられたのでは、などと残念に思います。しかし、たった一つの出来事が人の一生を大きく揺さぶることがあり、そこへのカウンセリングの介入は、非常に大切だと思っています。
 彼の魂のやすらかなることを祈念しつつ。

 


 
by yoshikos11 | 2009-10-07 13:18 | Comments(2)