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メモリアル・カードの反響

f0101220_2311514.jpg紅葉を見に行く時間がないのでせいぜい想像と空想の世界で愉しむことに。。。
夫の命日にメモリアル・カードを故人を知る方々へお送りしたところ、数名の方々よりフィードバックをいただき、とてもうれしかったです。近況をお知らせ下さったり、ご親切に、自作の美しい写真や,気に入っている本などを送って下さった方もありました。特に、故人のことを何か思い出して書いて下さった方には、どんなちょっとしたエピソードでも、ご自身が想像する以上にこちらは涙が出る程うれしい、とお伝えしたい気持ちです。

亡き人が生涯のどこかで出会った方々の思い出の中に、今でも生き続けているのだと知ることは、何とも言えない感動です。かつて夫と共に仲人役をお引き受けした0氏は、結婚式のビデオを取っておられ、それをDVDに転換して送って下さいました。夫が媒酌人として挨拶をしているところも収録されているらしいのです。らしいと言うのは、早速、わくわくしながら見ようと思ったら、私のパソコンがMACのせいかそのDVDが利用できないことが判明しました。

長女が来ていたので彼女の家のDVDプレーヤーで先に見るように持って帰らせました。帰宅後彼女は早速電話をくれて、「見れたよ。ちょっと声だけきかせるから」といって夫のスピーチの出だしだけ電話で聞かせてくれました。「おお、素晴らしく張りのある声、なつかしい声」おそらく15年振りに聞いた彼の声です。

実は、我が家にも所蔵のビデオカメラのカセットが2~3本あったのですが、夫の葬儀や埋骨式でスクリーンに映像を映すというのでカセットを持ち出しました。ところが、あれやこれやのドサクサで、こともあろうに、カセットを全て紛失させてしまったのです。しばらくあっちこっち必死で探しまわりましたが、見つからず悔しいやら無念やらでしたが、とうとう涙をのんで諦めました。

今回O氏が送って下さったDVDは、唯一、この世で夫の動く姿が見られ、声が聞ける貴重品,宝物になりました。近々、長女のところを訪問してDVDを見るのが愉しみでもあり、ちょっとドキドキもします。まるで恋人に会いに行くみたいな気持ちかもしれません。しかし、こんな貴重品を送ってくださったO氏には感謝してもしきれません。(折しも、22日は私のバースデー、もしかしてO氏を介して、夫が現れてくれたのかもしれません!)

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by yoshikos11 | 2009-11-23 03:20 | Comments(0)

米国「自死遺族の分かち合いのビデオ」

 紅葉の美しいシーズンもこの連休で今年は見納めかもしれませんね。一方、イベントの秋、東京は実にイベント(講演会、学会など)が多くて、私もそうですが、皆さんもどのイベントに参加しようかしまいかと迷う昨今ではないかと思います。そんな中、昨日は、家族療法家の石井千賀子氏が主催された「自死、自殺のあと遺された家族がたどるグリーフ・プロセスを理解するためのワークショップ」に参加しました。

 とっても勉強になりました。本ワークショップのメイン・プログラムは、「全米自殺予防財団」の制作による「遺族の分かち合いのビデオ」を鑑賞/学習することでした。このビデオ、たいへん見応えがあり、グリーフケアの指導者であるジャック・ジョーダン氏の司会で、5名の自死遺族がそれぞれ衝撃的な喪失体験を語ります。

 亡くした相手は、パートナー、父、夫、息子、兄、と間柄も故人の年齢も皆違います。一人一人が語るストーリーは、それぞれユニークで衝撃的ですが、実話(ナラティブ)というのはいつの場合にも心を揺さぶられものだと痛感しました。一方、そのユニークさの中には皆に共通した悩み、問題が幾つかあるのも事実であり、司会者はそれを意識して巧みに会をリードしていきます。

 GCCの講座基礎篇では自死・自殺による喪失は、「公認されない喪失、グリーフ」という括りで学習します。「死因を公にしづらい、伏せる、他の死因を告げる」などがあり、時には家族内でも本当のことを共有しない場合もあります。公にしづらいことの背後には、自死や自殺に対する社会的偏見があるので、公表することに躊躇します。これはアメリカでも日本でも同じでしょう。

 グリーフはただでさえつらいのに、周囲に隠さなければならないとしたら、また、苦痛を理解されないとしたら、つらさや心の負担が倍増します。では、社会的偏見はどのように排除していったら良いかというと、そう簡単ではなく、恐らく、教育が必要ということになります。
 私たちはどうしても、自殺や犯罪による死に対して、また、それにはトラウマが伴うので「恐ろしい」「距離を置きたい」という本能的な反応をしがちです。(それを一概に悪いとは言えないでしょう・人間に生きたいという本能がある限り)

 そうした教育の第一歩は、「なぜ、人は自殺をするのか」「どうしたら防げるのか」「遺された人のグリーフやトラウマとは」について基礎的知識を提供し、自殺という現象について一般の理解を深めることであると思います。本ビデオは、遺族の体験談を通して、この三点の教育を試みています。
 また、遺族の何人かが、自分たちが自死に対してオープンになり、coming outすることで社会的偏見を乗り越えていけると言ったことが、印象的でした。「偏見」とは、社会と当事者、両サイドの課題でもあるわけですね。

 本ビデオを共感しつつ一生懸命に鑑賞したあと、さすがナラティブのパワーに圧倒されたこともあり、帰宅したらドット疲れを覚えました。自死遺族の苦悩はそれだけ重いものなのですね。

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by yoshikos11 | 2009-11-22 16:05 | Comments(0)

お子さんを亡くした親の会

 先週の土曜日には、若林一美先生が主催される「小さな風の会」(お子さんを亡くした親の会)、20周年記念の会へ参加しました。まだ、日本でグリーフとかグリーフ・ケアなどという言葉を知っている人など、ほとんどいなかった頃、1988年に発足した会です。
 当時は、「誰も来ないかもしれない」と半信半疑で若林先生が始められたそうですが、今や、全国500~600名の方々が参加されているとのこと。土曜日の会にも、全国通津うらうらから、恐らく200名は優に越えるメンバーたちが集っていました。お互いに顔見知りの方々も多いのでしょう。開演を待つ間、会場のこまばエミナールの宴会場はおしゃべりをする声で溢れかえっていました。これがお子さんを亡くされた方々?と思う程、にぎやかで、楽しそうな熱気がいっぱいでした。
 恐らく皆さん、唯一、安心して心置きなくご自分たちの喪失、グリーフなどを語れる場所なのかもしれません。昨年同会は、立教大学の教室であり、若林先生の格調高いお話が中心でした。今回は、ご遺族代表数名の「グリーフ・ナラティブ」(物語)紹介という形で会は進められました。その間、会場は水を打ったようにシーンとなり、それぞれの方のナラティブを傾聴していました。話す方も、聴く方も、全身全霊を打ち込むという感じでした。涙をふく姿もアチコチに見られました。聴く事で、語り手の支えになるということが実感として分かります。
 中でも、一人の若いママのグリーフ・ナラティブは心を揺さぶられる思いでした。その方は、死産経験一回と、8か月の赤ちゃんを亡くすという二つの大きな喪失体験をされたそうです。そして、死産がいかにつらいかを語りました。誕生と同時に死別を経験し、何一つその子の思い出を作れなかったことの無念さ、寂しさ、やり場のない気持ちを訴えました。「他の親ごさんのように亡き子の思い出を語ることすらできないのです」と。周囲で、もらい泣きの声が聞こえてきました。
 子どもを亡くした親は、生涯、子どもの思い出をよすがに、心の中でその子との関係を育んで行くと言います。しかし、このママが言ったように「何の思い出も残せなかった」としたらどんなに心もとないことでしょうか?聴衆全員が「どうしたら良いの?」と、不条理な経験に対して大きな問いを投げかけられたのでした。
「小さな風の会」ではどんなに多くの人たちが慰められ、癒され、励まされたことでしょうか?若林先生に対する皆さんの感謝の思いは、言葉の端々に感じられました。しかし、このママのようにこうした会でも疎外感を感じてしまう人もあると言うことを知って、支え合いの会の難しさを思わずにはいられませんでした。
 自分が経験したことのない苦しみ、他の人の違った苦しみを思いやれるようになれたなら、それは支え合いの会を超越したところの「慈愛」なのでしょうか? つくづく考えさせられました。そして、夏に訪れた大阪の産科病棟で働く看護士さん、助産士さん、小児科医たちの悩みを改めて思い出しました。

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by yoshikos11 | 2009-11-13 23:57 | Comments(0)

命日の感慨

  f0101220_1250454.jpg先日、日曜日には夫の15年目の命日を迎えました。空気がカラッとさわやかで、秋晴れの美しい日となりました。15年前のあの日も素晴らしい秋日和だったことを昨日のように思い出しました。

 この日ばかりは仕事のことは一切忘れ、私としては珍しくパソコンには一度も触らずに、特別な日にしようと決めました。朝は教会で、逝去者のための祈りに夫の名前も加えていただき、ミサ中に皆さん一緒に祈って下さいました。親しい友人数名にも同席してもらいうれしかったです。

 その後、友人たちとランチ、ワインで乾杯。深紅のバラと、かわいい天使の刺繍など思いがけずプレゼントされ祝ってもらいました。皆のやさしさにジーンとなりました。日頃は互いに忙しくて、めったにゆっくり会えないのですが、何かあると心を支えてくれる友がいることに感謝。持つべきものは友なりを実感しました。

 そして午後は墓参。お墓は六本木のど真ん中にありますが、そこにある一本の枇杷の木を来る度に眺めています。夫の生前には細くて小さくて頼りなかった木が、今は押しも押されもしない大木に育って、月日の経過を感じさせられます。私にとってはあっと言う間の15年でしたけれど。

 夜は家族と共に渋谷のレストランで会食、改めて命日を祝いました。父親の思い出話というよりも、若い人たちは「今」最大の関心事、育児、仕事、受験などあれこれ話が盛り上がりました。普段は、それぞれ別に生活をしていても、命日を口実に皆が集い、家族の和があることを確認する〜それが命日の意味かもしれない。そんな風に納得して帰路に着きました。

 夜空にはハーフ・ムーンが煌煌と照っていました。なぜかあっちに半分、こっちに半分、私たち夫婦の今の有り様を象徴しているように思えたのでした。

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by yoshikos11 | 2009-11-10 12:53 | Comments(0)

松井秀喜さん、やりましたね!

 以前、母(93歳)が生涯の巨人ファンで、原監督が大のごひいきだと言う話をブログに記した記憶です。いま、母は施設に居住していますが、母との会話でもっとも盛り上がる話題は、野球です。私は、特に野球ファンでもなければ、詳しいわけでもありませんが、さすがに今回、松井秀喜さん所属チーム世界シリーズ制覇と、彼のMVP受賞の快挙には感動しました。早速、今朝は母に電話をしてしばしその話でした。

 以下、母娘の会話です:
私:「松井さん、すごいね。ママは、松井さんが好きだったっけ?」
母:「もちろんよ。彼をずっと応援してきたのよ。本当に昨日は興奮した。彼は地味な人柄だけど、今回ばかりはど派手なことやってくれましたね」
私:「渡米して7年間、鳴かず飛ばずだったけど、昨日は7年分の鬱憤を一機に晴らしたようね」
母:「しかしアメリカ人は偉いね。日本人の松井にMVPを上げるって、即決するなんて」
私:「それは記録がものを言うでしょうから、文句なし満場一致でしょう」
母:「夕べは、ジャイアンツも勝ったし。しかも、9回目で、2本の逆転ホームランで。私、阿部さんも好きなのよ」(私、それは初耳、でもそうは言わずにいました)
私:「そうか、そうか。じゃあ、ママにとって夕べはいいことずくめってわけね。それは良かった、良かった」

 とこんな具合でしたが、施設ではスポーツ新聞がないそうなので、早速、近所のコンビにで3種類、今朝のスポーツ新聞を購入して、母に送りました。(私はどれも読む暇はありませんでしたが)一方、施設ではこう言った野球のことは、どんなに感動的なことでも、お年寄りは誰も関心がないそうで、「つまらない」と母はいつもこぼしています。唯一、男性で一人巨人ファンがいて、その方とだけ、密かに盛り上がるのだそうですが。一人でも母の野球メートがいて良かった!

 それから、松井秀喜さん、高齢の母に一時の感動と喜びを与えてくれてありがとう!

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by yoshikos11 | 2009-11-06 15:33 | Comments(0)

お受験シーズン

f0101220_954894.jpg 秋はまた幼稚園や小学校の「お受験」(やっとこの用語慣れました)シーズンですね。我が家でも2歳11か月の孫がチャレンジしました。私の子育てや我が子らの大学受験ですら、遥か昔のお話になりましたが、最近は、孫のことで
娘夫婦ともども一喜一憂し、合格の通知にホッと安堵しました。
 時代変われど、合否の発表はいつの世にも緊張しますね。また、ママさんたちも、周囲には受かった友だち、ダメだった友だち、悲喜こもごもなので、気を使うようです。自分の子どもが受かったと言っても、手放しで喜べない状況もあるようです。
 しかし、3歳未満のチビにとっては、お受験の意味さえ分からず、親に言われるままに行動し(時には反発もし)ただ、親の反応や周囲の空気から「僕、OKなのかな?」「OKじゃないのかな?」と何となく感じるくらいで、いたって無邪気です。
 子どもは分からなくても、3歳でテストされるのですがら、厳しい時代になりました。
by yoshikos11 | 2009-11-03 10:17 | Comments(0)