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核のリスク、気が抜けない日々

 今夜も福島原発の報道はなんとも不安材料ばかりでしたね。発表する東電や原子力保安院の担当者たちも精神的に参っているのか、段々弱々しい感じがしてきて、「大丈夫?」と思わずにはいられません。でもしっかりして欲しいと祈りたいです。
 今回、想定外の大津波で電気系統がやられたことが、原子炉の冷却機能停止、結果、原子炉の高熱化につながり、チェーン現象的に次々とネガティブ要因がつのっていったと考えられているようですが。しかし、もう数年も前から、地震学者たちが最新データを集めて大津波を予測し、1970年代の古いデータに基づいて建設された原発の建物が、津波対策上、明らかに問題あると指摘し,改善策を進言していたというではありませんか。
 この問題は東電だけの責任というよりーーもちろん直接の当事者としての危機管理意識は問われますがーー政府がきちんとこの問題を取り上げ、真剣に取り組んで来なかったことが、ここへ来て明るみに出され、その責任は極めて重大だと思います。内閣がクルクル変わった自民党時代、政権交代しても党内のもめごとが絶えない民主党、足の引っぱりあいをしている間に時間ばかりロスして、国民の命に関わる大切な問題をなおざりにしていたのでしょうか?

 今朝のインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙は、「古い科学に頼っていた原子力の専門家、津波に対して無防備」「津波の危険を過小評価したオールド・サイエンス」「津波のリスクを読み違えた日本、くだらないミスの連続が大惨事へ」などと、厳しいコメントを書いています。昨日の日経にも、内容的には類似のものが載っていました。
 外資系トップ企業のCEOが「日本国民は勤勉で、責任感が強く、粘り強く、能力的にも優秀だから苦境を乗り越えると思うが、不幸にして政治家が能力的にお粗末なのが心配」とコメントしたそうです。どうしてそうなるのか、いつ、そうなってしまったのか、不可解でなりません。

 ひたすら奇蹟を願い、核リスクが避けられることを祈るばかりです!
by yoshikos11 | 2011-03-29 02:51 | Comments(0)

東日本大震災、人を憂い、国を憂いて

 今日、GCCの現受講生と、認定グリーフ・カウンセラーに向けて、メールでお送りした私のメッセージを、これまでGCCの講座やカウンセリングで出逢った全ての方々へ、ブログを通してお伝えしたいと思います:(既に150名余の方々との出会いがありますが、全員にメールができませんので)
 
 本日現在、報道によると死亡が確認された方が10,000名を越し、確認できない行方不明者が17,000名、とのことですが、既に大災害以降、2週間を経た現在、あわせて27,000の尊い命が失われたと認めざるを得ない状況です。しかし、一瞬にしてこのように膨大な数の命が喪われたという現実を、どうやって受入れることができましょうか。直接被害を受けなかったとしても私たち皆が圧倒される思いで、心理的にも動揺を禁じえなくても、当然だと思います。

 今は、ただただ不慮の死を遂げた同胞に対して、深く、深く哀悼の意を表し、その魂のやすらかなることをひたすらお祈りします。そして、この災害で大切な人(人々)を喪った多くの被災者(サバイバー)のことに思いを馳せるたびに、激痛を覚え、心が塞ぎ、今はどんなお悔やみの言葉も全てちっぽけに思えて、言葉がみつかりません。しばらくは、そうした方々の心身の安全をひたすら祈る気持です。そして、機会を見て、状況が許せば、サバイバーのトラウマ、グリーフケアに一躍を担いたいと思っています。

 さて、国内外のメディアでは、日本人の「がんばろう」精神(ファイティングスピリット)や「しかたがない」(良い意味でのいさぎよさ)、こんなときだから「皆が一丸となって助け合おう」などという言葉が飛び交っています。今、日本の危機を乗り越えるためには必要な言葉なのかもしれませんが、一方でトラウマの影響で皆「アドレナリン」がハイになっているなとも感じます。しかし、27,000人の命が奪われたという大きな喪失、圧倒されながらも、苦闘しながらも、この喪失と厳粛に向合い、深く思考する機会にするという課題も忘れてはならないと思うのです。

 私は先日、米国の放送局(National Public Radio) の取材を受け、被災地を訪れていたリポーター(英国人男性)にインタビューされました。彼は、危機における日本人の忍耐強さ,気丈さ、譲り合いの精神にいたく感銘を受けたと繰り返し言っていました。そしてそうした態度が日本の文化に根ざすものかと質問されました。
 現地を視察し被災者と接した彼の言い分は多くが真実かと思いましたが、一方で、トラウマ的な経験をした人たちの一次的心理反応だけを見て全てを判断するのは時期尚早であり、これから徐々に表れるであろう二次的,三次的心理反応には「がんばろう」精神だけではとうてい対処不可能な複雑なものがあろうと答えました。そして、そこには適切なトラウマケア、グリーフケアが必要であると伝えました。

 大震災直後より、私のもとには海外の友人、そして特にIWGのメンバーの方々(皆さんにもおなじみの、Parkes,  Rando Rubin, Malkinson、Betty & Tom Attig,  Wogrin, Harris, Neimeyer 先生)から、お見舞いと励ましたのメールが殺到しました。いずれも心底、私たちのこと、被災者のこと,日本の国のことを心配し、ぜひ支援したいと申し出がありました。そして、大災害後のケアについて大いに役立ちそうな資料の数々が数添付ファイルにて送られて来ています。有り難く,涙が込上げる思いです。早速、資料を読んで、実践に役立てたいと思っています。

 いま、しきりと「私たちにどんな支援ができるのか?」と言われていますが、GCCの皆さまとご一緒にこの課題を考えて行きたいと思っています。何ができるか、現時点では、具体的には分りませんが、時期がきたらご協力を仰ぐこともあるかと思います。またご提案などあれば、ぜひお聞かせ願いたいと思います。当面は、GCCのホームページにニーメヤー先生の言葉、アドバイスなどを掲載して、特にニーズのある被災者、その支援者の方々へ情報発信していきたいと思っております。
by yoshikos11 | 2011-03-25 17:11 | Comments(4)

お彼岸:お墓参りで心を静める (つづき)

 さて、今回の大震災以降、海外の友人たちが次々とお見舞いのメールを送ってくれて、有り難いやらうれしいやら、しかし返信に追われて大童の私です。
 そのひとりが、トラウマケア、グリーフケアのイスラエルの専門家、ルツ女史です。認知行動療法を提唱している学者でもあります。本当に親身になって心配してくれています。私のことだけでなく、被災者のことを含めて。ルツ先生には、二次災害である原発の破損のことなど現況を説明したあとで、ちょっとだけ、日本の彼岸の習慣,墓参りのことなどを書きました。さきほどのブログに書いたような内容です。
 そうしたら、直ぐに返信があり「危機にあって信仰が力になります。墓参りに行こう――信じていることを実行しよう――と思う貴女、それって貴女のレジリアンス(復元力・苦境を乗り越える力)ですよ。墓参りのエピソードに感動しました」と言ってきました。
 「そうか、これってレジリアンスなのか。。。私のというより、日本人のレジリアンスだわ」と思えて来たのです。日本人は、亡き人との絆を信じてご先祖を大切にしています。(たいへんな時にはこの世にいない人たちにもSOSを求めるかもしれません。)墓参りはその一例で、私たちには極当たり前のことが、外国人の目には素晴らしい「レジリアンス」と映るのですね。
 被災地で支援活動するのも大切ですが、考えてみれば、静かに手を合わせ、神や仏に祈る、先祖にお願いをする、そういう役割も大切なのではと思えて来ました。
by yoshikos11 | 2011-03-23 18:54 | Comments(0)

お彼岸:お墓参りで気持を静める

 一昨日は春のお彼岸、朝から小雨が降っていましたが、思い切ってお墓参りに出かけました。雨に濡れると放射能の汚染が心配、といって外出を控える向きもあったようですが、どうでしょうか?我が家のお墓は六本木のど真ん中にあり、複数のお寺が所有する共同墓地の一角にあります。
 普段のお彼岸に比べて心持ち人出は少なかったようですが、それでも、あっちこっちに供花が備えられ、お線香が焚かれていました。やはり日本人は、どんな時にも墓参りの習慣は怠らないのでしょう。いや、こんな時だからこそ、ご先祖さまや愛する亡き人たちに、手を合わせて、「被災して苦しんでいる人たちを見守って下さい」「この国が再起再生できるように応援して」と願うのかもしれません。
 私はそんな願いを込めて参拝しました。そして、見慣れたのどかなお彼岸の光景に、一時心を静めることができました。墓地は、大震災の動揺と混乱から隔離され、非日常から日常感を取り戻させてくれる場所のようです。
 帰路、お寺さんに立ち寄って、しばしご住職とおしゃべりをしました。なんと、今回の地震で、堅固で立派なお寺なのですが、屋根の瓦がズレ落ちたり,壊れたりしたそうで、全部やり直さなければならないとのお話でした。ご住職もまさかこんなことが起こるとは信じられないと言って、衝撃を隠せない様子。今回は、私がお見舞いとお慰めを言う立場になりました。
 しかし「大丈夫、奥さん、日本人が団結すれば怖いものはない、この国は絶対に立直れる」と住職はいつになく言葉に力を込めました。「そうか、日本人の底力か、本当にそうだろうか?」と少し半信半疑ながら私もそうあることを願いつつ、お寺を後にしました。


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by yoshikos11 | 2011-03-23 18:22 | Comments(0)

想像を絶する災害

 前回、ブログに「お見舞い」を記載して以降、地震と津波による死者、行方不明者、罹災者の数字が日に日に増えていき、胸が押しつぶされる思いでいます。さらに追い打ちをかけるように勃発した原子力発電所のトラブル、情報も錯乱し不安がつのります。なんとか、奇跡的に最悪の事態が防げますように、祈る気持ちです。
 昨日は天皇陛下のメッセージを車の中で聞きましたが、「一人でも多くの命が救われるように」「国民全員が力を合わせて罹災者の方々の救済、被災地の復旧、復興に尽くすように」というお言葉、私も繰り返したいです。私になにができるか、今は祈るしかありませんが、ぜひできる協力をしていきたいと思っています。
 海外の友人、とくにIWG(国際死生学会)のメンバーの方たちより、続々と見舞いのメールが入電しています。世界中が私たちのことを心配してくれており、支援の手を差し伸べてくれようとしています。「you are not alone」という言葉にうれし涙が出ます。
 神は日本を決して見捨てることはない!そう信じて、この苦境を耐えていきたいと思います。

 
by yoshikos11 | 2011-03-17 15:50 | Comments(0)

地震と津波お見舞い

このブログを読んで下さる皆さんへ、
まずは地震と津波お見舞い申しあげます。皆さんとご家族の無事を心から願っております。

 今回の激震と、それに続く壊滅的な津波の襲来、TVの映像や新聞の写真を見て恐怖と戦慄が走りました。津波は、一瞬のうちに街全体を呑み込み、後には街の影も形もありません。実際にそれを体験した被災地の方々、その恐怖は想像を絶すると思います。そしてその犠牲者、身内を喪った家族、家も街も何もかも喪った方々のことを思うと、悲痛な思いで胸が塞がり、暗澹たる気持になります。
 また日本の国は、史上最大級のダメージを受けてどうやって復興していくのか、たいへん心配になります。誰かがやってくれると思わずに、それぞれが出来ることで協力し、国中が一致団結するときなのだと思います。

 私自身はさしたる被害もなく、無事でした。ただ、あのもの凄い揺れ、かつて経験したことがありません。(長いこと生きていますが!)自宅マンションにいましたが、鉄筋の建物全部がガタガタと音をたて,キシキシきしむ感じで揺れ動き、ひょっとして壊れるのではと脅威を感じました。一人だったので、怖がる愛犬ボンゾーを抱き寄せ、部屋の隅に一緒にうずくまり、「大丈夫だから、大丈夫だから」と声かけしていました。実はボンゾーにというより、自分に言い聞かせていたと思います。
 その後、東北地方沿岸一帯の惨状をTVで知り、あそこまで破壊的な地震だったのかと認識と恐怖心を新たにしました。昨日、今日と通常の仕事があまり手に付かず、一次、二次トラウマの影響なのかと思います。しかし命が無事であったことだけでも感謝しなければなりませんね。

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by yoshikos11 | 2011-03-13 03:40 | Comments(0)

カンニングは犯罪なの?(つづき)

 さて昨晩、最近の若ものは「携帯が身体や脳の一部になっているのでは?」と何となく感じたままを書いたのですが、まさに「ピンポン!」そういうことなんだと、今朝、TVに登場したその道に詳しいコメンテーターが言っていました。専門用語では「電脳世代」とか「デジタル・ネイティブ」(デジタル時代生まれ)というそうです。
 若者に限らず、今や企業人も学者もインターネットに内蔵する情報は自分の脳に全てファイルしなくても、どこにあるかさえ記憶していれば(即検索可能なら)暗記する必要はないと思っているようです。インターネットが限りなく自分の脳の一部になりつつあるということですね。

 最近流行の「クラウド」とかいうデータ保存のシステムは、自分のパソコンの許容を越えたデータを保村してもらうのに便利だそうです。そのことは、個人の脳のキャパについても言えますね。キャパを越えた情報は、パソコンや携帯に「保存」している、だから「大丈夫」と思っているーーあまり考えませんでしたがーー自分自身ですらパソコンが脳の一部になっている気がします。
 そのことの功罪はさておき、現実の社会がデジタル化するなかで、私たちはそれに慣らされ,慣れていき、「電脳」と自分の脳の境界線が限りなくグレーになりつつあるのかもしれません。そして、それが錯覚だということも、いつしか分らなくなる。
 今回のデジタル利用のカンニング、まさにデジタル化の流れの中で起こるべくして起こった事件と考えても良いのではないでしょうか。そして、教育機関が「電脳世代」や社会の流れを充分、把握しておらず、事件が起こってからアタフタと慌てているという印象すら受けます。

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by yoshikos11 | 2011-03-06 12:36 | Comments(0)

カンニングは犯罪なの?

 大学の入試問題が、インターネットの質問サイトに投稿された問題が大騒ぎになっています。このニュースを聞いた時、携帯メールは必要最小限しかやらない私は、どうやったら監視の目を盗んで携帯メールが打てるのか、先ず、そのスキルに驚きました。今の若者は、携帯電話が手足の一部か、脳の一部になっているのでしょうか。ブラインド・タッチとかいって、キーを見ないで打てる子もいるということを初めて知りました。
 また、サイトから答えを入手して回答した受験生は「偽計業務妨害」という罪に問われるということも、初耳です。かつては「カンニング」いや今でも「カンニング」という行為だと思いますが、かつても今も、見つかれば即刻、退場、失格、不合格、という罰則の対象でしょう。それ以下でもそれ以上でもないと思うのですが。
 この件で、中学生の息子から「ママ、カンニングって犯罪なの?」と聞かれて、私の娘は答えに窮したと言っていました。カンニングの手段には、稚拙なアナログ的なものから、今回のようにハイテク・デジタル的なものまで、幅が広いわけで、手口として巧妙である程に犯罪性を問われる?とでも答えたら良いのでしょうか?
 もし今回「偽計業務妨害」が成立したなら、「カンニングも犯罪になりえる」といえるのでしょうけれど、前代未聞な気がします。新しいタイプの犯罪でしょう。しかし、容疑が問われている受験生、会場で発見されていたなら、不合格にはなっても、犯罪者扱いにはならなかったのではと思わずにはいられません。この青年、将来が心配ですね。

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by yoshikos11 | 2011-03-06 02:34 | Comments(0)