千年後まで語りつぎたい吉浜の教え

f0101220_1772280.jpg 木川田先生講演会@GCC
 
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 4月16日(日)先のブログで紹介した木川田典彌先生をGCCへお迎えし、「3.11津波と災害について」ご講演いただきました。先生は三陸「吉浜」のご出身、吉浜では、明治三陸大津波で多くの人命を喪失した結果、先祖代々「低地には家を建てるな」という教えが伝えられ、今に至る迄その教えが固守されてきました。
 その結果、3.11津波の襲来による被害は極めて少なかった(死者1名、家屋損壊4件)、三陸地方の他の街で数千人の命が奪われた中で、吉浜のミラクルとさえ言われています「子どもの頃、海へ出るたびに祖父から『地震が来たら山へ登れ』と必ず注意されました」と語る先生。
 その家訓が染み付いた結果、大船渡や陸前高田で医療施設を建てるときに、必ず高台の土地を選んだとのこと。今回関連施設の患者と職員(900名)全員助かったのです。
 「千年後まで語り継ぎたい吉浜の教え」という先生の信念と情熱が、2時間のお話と通して、我々にひしひしと伝わってきました。

 折しも、14日と16日、熊本地方を二度にわたる大地震が襲い、多大な被害が発生し、未だに余震が続き、気を許せないこのタイミングで、GCCの一同は、木川田先生から自然災害と向き合う姿勢について、多くのことを学ばせていただいたのでした。偶然とはいえ、運命的なシンクロニシティを感じています。
 木川田先生の「災害派遣介護チーム(DCAT)」は既に熊本へ向かって出発したとのことです。  最後に、熊本地震で命を落とした方々へ哀悼の意を表させていただきます。遺された方々、被災した方々の苦しみに思いをはせ、できる限りの救援の手が差し伸べられるように切に祈ります。

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# by yoshikos11 | 2016-04-18 18:41 | Comments(7)

GCC3.11大震災記念講演・講師木川田典彌氏

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(2011年7月陸前高田にて・撮影木川田典彌氏)
今週土曜日4月16日、GCCにて3.11大震災記念講演会を実施します。詳細は次のURLを参照して下さい。http://gcctokyo.com/event- 講師は陸前高田の医師、木川田典彌氏。地元で高齢者医療施設を複数経営されています。GCCのカウンセラー有志一同は、木川田先生とのご縁で3.11震災後、傘下の医療施設『松原苑』にて災害サバイバーの方々対象に、グリーフ・カウンセリングを実施させていただきました。私は、木川田先生から強い感銘を受けました。
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(初めてカメラを向けた全壊の姿)
 木川田先生は、一言で『岩手にこの人あり』と強調したい先見の明の持ち主です。私は震災後4ヶ月目、先生の運転で案内され、陸前高田市全壊の有様を初めて目にしました。膨大な瓦礫の山又山、残存物が発する異様な毒ガス、躯体だけ残した化け物のような建造物、正直、荒涼とした戦場ヶ原を見るようで鳥肌が立ちました。
 そんなドライブ中に木川田先生が語られたのは、「地元出身の私は、祖父や父から、家は決して海岸近くに建てるな、高台に建てろ、と耳ダコのように聞かされて育ったので、私の医療施設(20箇所)は全て高台に建てました。今回、全施設は津波の襲撃を免れ、職員も入院患者も誰一人、命を落とさずにすみました」と。淡々とした語り口、自慢など微塵も感じられず、むしろ先祖の教えを守らなかった大多数の悲劇的結末に対する先生の無念さを感じました。
 一般に、3.11津波災害は『想定外』で避けられなかったと言われる中、木川田先生にとっては、『想定内』であり、明治・昭和と再三津波に襲われた岩手沿岸部、そこに伝わる先祖の教訓を守り抜いた結果、数百人の命を守った、救ったことになります。
 陸前高田では1,700余の死者(行方不明者)が発生したという悲劇の裏に、数百名の命が救われたという事実を知って、一人の人の叡智と先見の明の尊さに触れ、凍えそうな私の心に光明が指す思いでした。ぜひ多くの方々に、木川田先生の講演を聞いていただき、岩手魂(大和魂)に触れて欲しいと願っています。
# by yoshikos11 | 2016-04-10 14:32 | Comments(2)

GCC入門講座40回を終えて

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桜の花も満開の昨日4月2日には、GCC入門講座40回を無事に実施することができました。2ヶ月に一回の講座(4時間)良くここまで続けられたと感無量です。もちろん参加して下さった方々に支えられてやれたことです!参加者(数百人でしょうか?)全員に謝意を捧げます。
入門講座はたった5分の休憩を挿んで、私がほぼ4時間、講義し続けるわけですが、いつも皆さん飽きずに熱心に聞いて下さり、『4時間があっと言う間に過ぎました』と言って下さいます。
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この4時間に、私が過去20年近くかけて学んで来た「喪失・グリーフ学」のエッセンスを出来る限り盛り込むようにしています。『グリーフって奥が深いのですね』とコメントして下さった方がありましたが、そうなんです、このテーマはほぼ人生丸ごと扱い、考えることになるのですね。

体力・気力が続く限り、また付いて来て下さる方がある限り、講義し続けて行きたいと思っていますので、今後ともGCC入門講座をどうぞよろしくお願いします。

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# by yoshikos11 | 2016-04-03 21:38 | Comments(4)

春・復活祭

f0101220_04429.jpg27日(日曜日)教会の暦では復活祭(イースター)降誕際と並ぶ盛大な祝日です。この日に先立つ聖週間はほぼ毎日何か儀式があり、信徒らはキリストの十字架上の死に思いを馳せ、黙想と悔い改めをします。そして迎える復活の主日は救いの喜びに満ちあふれます。四ッ谷イグナチオ教会には通常ミサの2倍の人々が集まり,立ち見の人も多数。
私は聖週間中風邪で発熱。GCCの講座だけは何とか務めたものの、ほとんど家で休養していました。そして迎えた復活祭。ようやく熱も下がり、私も復活しました。折しも土手の桜も開花宣言、春よ、ハレルヤ!
日本は平和でのどかすが、遥か遠くのパキスタンでは、公園で復活祭を祝う人たちが爆破テロの犠牲になったとニュースで聞きました。なぜ何の罪もない市民が、しかも喜びの祝の日に、殺されなければいけないのかと、悲しみが込上げます。f0101220_045448.jpg

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# by yoshikos11 | 2016-03-29 01:33 | Comments(3)

もう春ですよ

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昨日撮影した桜のつぼみ。開花寸前、エネルギーに満ちあふれているようです。眺めているだけで元気がもらえそう。
ところが、私は、この時期に風邪を引いてしまいました。長い冬が終わりに近づき、緊張が緩んだせいかもしれません。大事をとって、今日はこの辺で。

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# by yoshikos11 | 2016-03-21 00:57 | Comments(2)

3.11震災・グリーフ神話

f0101220_153372.jpgNHKの報道番組で糸井重里氏が話していたこと「復興とは元に戻すことではない〜新たな街づくりを考えるべき」は心に残りました。
かつての街は失われたのだ〜それが災害サバイバーの方々にとって、どんなにつらいことか、一般には知られているようで、本当には理解されていない気がします。
 慣れ親しんだ風景、商店街、ご近所との往来など全てが、そこに住む人にとって、安心感のよりどころであり、それらが一瞬にして消失すれば、誰しも不安感と恐怖感を募らせて当然です。
 山を切り崩して住宅地を作っても、新しい家を建てても、かつてのご近所さんは誰ひとりとしていない、田畑も失って、日課だった農作業もできない虚しさ。これを「復興」という名の下に喜べるだろうか?
 「街の復興が元に戻すことではない」のと同様に、サバイバーの方々の喪失とグリーフからの再起再生も、決して元の自分や自分の生活を回復することではない、と強調したいです。何もかも変わってしまい、そんなことは不可能だからです。だからこそつらい〜グリーフなんですね。
 重大な喪失の後に、受け入れ難い変化を強いられる〜それを受け入れるには5年は短過ぎます。サバイバーの皆さんが、周囲の理解と真の意味の支えを得て、変化への適応に向かわれることを、切に願います。
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# by yoshikos11 | 2016-03-13 15:32 | Comments(4)

3.11震災・5年が過ぎた今(2)

f0101220_0435038.jpg3月11日、東北の空はどんより曇って、ちょうど5年前のあの日のよう〜と聞く。東京の空もこのところ晴れ間が見られず、早咲きの桜(写真2点)がメランコリックな雰囲気、あたかも記念日にあたり追悼しているかのよう。さすが今日ばかりはテレビで「あれから5年」と銘打って、被災地の復興のこと、サバイバーのその後について、様々報道していました。
f0101220_045097.jpg ある一家、ようやく5年経って亡くなった父親のことを家族で語れるようになった〜それも風の声という繋がっていない電話ボックスを利用して。『辛過ぎて話せなかった』という。うーん〜トラウマ的な出来事は「思い出すだけで恐ろしい」ために亡くなった愛する家族のことさえ語れなくなるのだろうか?これから父親との良い思い出など、家族内で思いっきり語り合って欲しいです。
 さてGCCでは、この災害を忘れないために、被災地支援でご縁のあった陸前高田市の老人健康保険施設『松原苑』(医療法人勝久会)の理事長、木川田典彌医師をお招きし、3.11災害と医療施設・医療施設の災害予防対策、について講演をしていただきます。災害時、大活躍の先生の経験談、真に迫ってドラマよりもリアルです!
 「備えあれば憂いなし」〜ぜひ皆さん、ご参加下さい。(席に限りがありますので、お早めにお申し込み下さい!お申し込みはこちらから:
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# by yoshikos11 | 2016-03-12 01:24 | Comments(2)

3.11震災・5年が過ぎた今

f0101220_1563670.jpg 3.11震災から5年が過ぎようとしています。微力ながらGCCは、岩手県陸前高田市や鵜住居町の支援に携わって来ましたが、日々の多忙さにかまけて、最近は思うに任せず、力不足を反省する昨今でもあります。
 しかし陸前高田でカウンセリングに来談された方々をはじめ、困難な状況の中で賢明に再起を果たそうとしている被災地の皆さんのことを思わない日はありません。
 先週、東京で岩手県釜石市・市長・野田武則氏の「よみがえる釜石」トークショーを聴講しました。復興の状況について知るまたとない機会と思って臨みました。
 野田市長といえば、震災直後に講演を聞いて感銘を受けました。当時、市役所職員やその家族、知人など多数を亡くして、個人的なグリーフの叫びを吐露され、また公的立場から一瞬にして街が崩壊、漁場・農地が壊滅、1,000人もの人命を喪失した釜石市の責任者として、全身全霊で未曾有の危機と闘うという姿勢を示されたことを良く覚えています。
 今回のお話では、釜石市は一見して順調な復興ぶりを見せているということ、たとえば、1)2019年にはワールド・ラグビーの開催決定、それに向けて鵜住居でスタジアム建設が始動、2)高炉が世界遺産に指定され観光地として活気づく兆候、3)市の中心部に着々と商業施設が再建された、など明るい話題が上げられるとのことでした。
 一方で仮設住宅から恒久住宅へ移転を果たした方々は半数に過ぎず、残りの半数は、未だに自分の家が欲しいと願いつつも叶わず、彼らにとってはラグビーや世界遺産の話などは二の次、三の次。市長はそうした現実も真摯に受けとめなければならないと訴えられました。
 そして究極は、住民の皆が釜石の主幹産業である「漁業」を守り、再興して行くことこそ最も大切な目標と力説されました。
 カウンセラーとしてはまだまだ再起再生できない方々の心の支えとして、釜石市でも支援ができないかと痛感しながら、野田氏のお話を心に留めたのでした。
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# by yoshikos11 | 2016-03-03 16:00 | Comments(2)

賀正 2016年

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あらためまして、新年のお祝辞を申し上げます。
皆様にとって本年が実り豊かな年となりますように、祈念いたします。
私は、年末年始をヨーロッパで過ごし、鋭気を養い、新年に備えました。
(写真下、英国の常緑樹、赤い実が暗い冬にアクセントを)
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本年も、カウンセらーとして、苦境にある方々が『どんなにつらい時にも、苦しい時にも、必ずいつか喜びと幸せを感じる時がやって来る』ことを信じて、苦しみに打ちのめされることなく、生きて行けるように支援にあたる所存です。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。
 冬の寒空にも負けずに咲く白い花(英国の庭先で)f0101220_2333846.jpg



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# by yoshikos11 | 2016-01-06 03:27 | Comments(2)

サンタ・クローチェ聖堂

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フィレンツの街には無数の教会があり、有名なスポットだけでも2〜3日では到底、見学しきれません。神社仏閣が多々ある京都を思い起こさせます。一年くらい滞在して毎週教会巡りをしたら話は別でしょうけれど。

かつて、人々の生活の中心に宗教があり、社会全体が教会や仏閣を支えていたこと分かります。

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ここフィレンツで訪れたサンタ・クローチェ教会は、清貧を旨とし、貧困層の救済を目指していた聖フランシスコ修道会の最も美しい聖堂です。主聖堂は大きな体育館くらい広く、その周りに8個のチャペルがあります。(写真左、アシジの聖フランシスコ像・『平和の祈り』は有名)


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このように大規模で内部は絢爛豪華な聖堂、建設資金はその時代の富豪や権力者が出資していたと聞きます。豪華になりすぎる傾向が、会の創立者アシジの聖フランシスコのモットー「清貧」のイメージからかけ離れることを危惧し、異議を唱える宗教家もいたとのこと。

神聖なる聖堂内に、各時代のパトロン(出資者)たちの派手なモニュメントや墓が立てられていることに、違和感を感じた人は私だけではないでしょう。

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# by yoshikos11 | 2016-01-05 21:00 | Comments(2)