GCC ホームページへの反響

何人かの方々から早速「ホームページ見ましたよ!」「おめでとう」「いよいよ本格スタートですね」と御連絡を頂きました。ありがとうございました。ご期待にそえるように頑張りたいと思います!

できるだけ多くの方々にアクセスしていただくために、googleに複数のキーワードを登録しましたが(グリーフ、悲嘆、カウンセリング、癒しなど)実際ワークするには多少時間がかかるらいしいのです。追ってYahooにもと思っています。

早速、GCCの次回のイベントのご紹介です:

グループカウンセリング 修了生の為の「オープン「サポートグループ」開催

日時:2月8日 6:30-8:30PM
場所:千代田プラットフォーム スクウェア 005号室
会費: お茶代として¥1,000

ともにグリーフを分かち合ったなつかしい仲間と再会、互いに近況を語り合うのが目的です。
修了生でなくても、新規の方でグループカウンセリングにご興味があって、「雰囲気、様子を見たい」とお望みの方々も歓迎します。


私はこの一週間、アメリカ在住の娘夫婦が4ヶ月の赤ん坊を連れて里帰りをしていたので、彼等と再会の時間を楽しみました。温暖なカリフォルニアから来ているので、日本の冬が寒いのではないか、赤ん坊が風邪を引かないか、などと心配しましたが、幸い今年の日本は暖冬でまた好天にも恵まれホットしました。

また、夕べは幸運にも IL DIVOのコンサートを聴きに行ったのです。4人組がそれぞれソリストとしても活躍している実力派、超ゴージャスな声の持ち主たち。そのハーモニーはこの世のものとは思えない美しさでした、その迫力。1時間半、夢の世界にいるような気分でした。

私にとって音楽はまさに「癒し」です。今年は沢山音楽を聴きたいし、時間が許せばカウンセリングの一貫としての音楽療法を学びたいと思っています。
# by yoshikos11 | 2007-02-04 00:18 | Comments(0)

ホームページついに開設!!

私の主催するビリーブメント・カウンセリング・センターは、名称を新たにしグリーフ・カウンセリング・センター(Grief Counseling Center–GCC)として、この度ホームページを立ち上げましたのでぜひご覧になって下さい。ご意見、ご感想をお聞かせいただけるとうれしいです。

アクセスは:http://www.gcctokyo.com です。

現在、GCCでは2月中旬にスタート予定の「グリーフ・グループ・カウンセリング」への参加者を募集中です。皆様の周囲でお身内や大切な方を亡くされてグリーフを抱えている方がいらっしゃいましたら、お薦めしてみていただけますか?

今年はブログを頻繁にアップデートする決心をしました。(三日坊主にならないように心して!)

1月は予想外の[遠来の客」の万来!席が暖まる暇がありませんでした。ちなみにある1週間のできごと。

昔ブランドの仕事をしていた時にボスだったビットリオ(元ボッテガ・ヴェネタのオーナー)が新しいビジネスで来日。「Yoshiko、ランチでも一緒にどう?」「ニュービジネスの近況報告をしたいから」と突然の電話。(旧知の遠来の客の誘い、無下には断われません!)

大阪の友人でハンドバックのデザイナー兼会社社長さん「今、展示会で東京に来てるンヨー。会える?」と連絡あり。(去年大阪で会議があった時、泊めてもらったし私の訳書もPRしてくれた。。。ほっとけない!)

京都のホスピスのお医者様から「今日は学会があって東京に来ています。夕方5時には終わるのでその後で、先日依頼した講演の打合せできますか?」(サプライズ!でもこの機会は逃せません!)

そうそう、もう一人京都から、生命倫理学の研究者で友人のカール・ベッカーさんも上京。彼は慶応医大「スピリチュアル研究会」で講演をしました。ベッカーさんに挨拶をするために出席することにしました。

はからずも、共通の知人で死生学の権威、故ジャック・モーガン先生の話題になりました。

とこんな調子で私は飛び出して行きます。内心「あの原稿も、この報告書も、講座の準備もやらなければ」と焦りながら。時間的にはフレックスで仕事をしているので(カウンセリングの日以外)先方の時間にあわせる事は比較的できるのですが、その後時間の帳尻合わせでねじり鉢巻になるのです。

しかし、孔子曰く「友、遠方より来たり。又楽しからずや」 アポなし、突然、偶然の再会や出会いは贅沢な喜びに思えるこの頃です。「人との出会いを大切に」今年のモットーです。
剛子


# by yoshikos11 | 2007-01-26 12:30 | Comments(0)

グリーフをとおしての出会い

暑中お見舞い申し上げます。
 しかし毎日蒸し暑いですね。この季節になると4年半過ごしたカナダの夏が恋しくなります。真夏でもせいぜい室温23度くらい。22度に下がるとセーターを着込みます。夏でも部屋のエアコンなしで大抵しのげるわけです。その代わり、あの国の人たちは厳しく長い冬(マイナス20度の日々、6週間も降り止まない大雪!)を耐えるのですから、その代わりに輝かしく清々しい夏を謳歌するのは当然のご褒美、権利なのかもしれません。
 私は東京にいて、夏に旅行したカナダのCape Breton島,Prince Edward島、Quebecの北端にあるGaspeの雄大で、果てしなく広がる紺碧の海、澄み渡った空、心地よい潮風を思い起こしながら暑気払いをすることにします。
 さて、グリーフを経験したことで出会った人々について、少しずつご紹介したいと思います。カナダへは、グリーフについて勉強しに行ったのですから、その意味ではあそこで出会った人々は全てグリーフのとり持つ縁ということにるのですが――心の友という人々が次々と思い出されますがーーNO.1バッターは何といっても聖路加国際病院の元チャプレン、パウロ佐々木道人先生(以降パウロ先生)です。主治医に「ご主人の命は時間の問題」と言われ―ー死の宣告を受けを受けた直後ーー私がにっちもさっちもいかなくなった、人生最悪の時に出会ったのがパウロ先生でした。最悪の私の姿を知っている唯一の人です。
 パウロ先生は、先日このブログに登場した同じく聖路加病院、小児科医のナキベソ先生とは仲良しだと伺っています。(両者から)。共通点は、お二人とも患者やその遺族と一緒になって「グリーフ」してしまう点でしょうか? パウロ先生には、自分もお世話になりながら、いつだったか「先生、そんなに悲しんでご自分は大丈夫ですか?」などと生意気なことをつい口走ってしまった私でした。
 パウロ先生に感謝することは山ほどあるのですがーーむしろあの方にあの時出会っていなかったら、私は今こうして平穏に暮らしてはいられなかったーー中でも心身の苦痛や死の不安と闘っていた闘病中の夫昌平に、パウロ先生は、スピリチャル・ケアを提供してくださったのです。その点ではほとんど無力に等しかった私は勿論のこと、パウロ先生の他にはあの時昌平を支えられた人は誰もありませんでした。感謝してもしきれません。
 パウロ先生のことを、私は[wounded healer](傷を持った癒し手)といつからか勝手に名付けています。平たく言うと「人の痛みの分る人」であり、「一緒に悲しむことが出来る人」となるでしょう。先生の傷についてやがて知ることになったのですが、パウロ先生と奥様はご長男を3歳で亡くされました。そのときのことを回想して先生は「息子のお葬式では、泣きっぱなしで式が式にならなかった」と言っておられました。
 ご夫妻のこの悲劇が、直接チャプレンになられるきっかけになったかどうか、それは私にはわかりません。また勝手に推測するものでもないでしょう。しかし、wounded healerだからこそ、パウロ先生は大勢のグリーフする人たちと一緒に歩むことがお出来になったのでは?と容易に想像できるのではないでしょうか?そう考えると、私は何だか先生の亡きご長男にお礼を言わなければならないーーそんな風に段々思えて来たのです。
 今月5日のことです。その願いがようやくかないました。私は、パウロ先生ご夫妻に同行して、ご長男のお墓参りに谷中の墓地へ行ってきました。私が絶望の深淵にいてパウロ先生に初めて出会ってから12年。一度もお会いしたことがない坊ちゃんに「おかげさまでお世話になりました。ありがとう」とお墓の前でお礼を言いました。感無量でした。白と黄色の小菊をお供えし、先生ご夫妻とご一緒に手を合わせました。
 グリーフの大きな課題は、いかにして亡くなった愛する人とスピリチャルな(あるいは抽象的な)絆を保つかということです。これは自分にとって「身近な故人」との絆という意味に相違ないのですが、それを拡大解釈すれば、そうでない故人とも同じことがいえそうです。パウロ先生をとおして、そのお話や行いをとおして、私はいつしか知らない亡き坊ちゃんの存在を知ったということになります。目に見えるものだけではなく、目に見えないものの存在に思いを馳せるーーグリーフの大切な側面、スピリチュアルな側面です。大切にしたいと思います。

 
# by Yoshikos11 | 2006-07-17 17:09 | Comments(1)

久々のブログ再開・亡き人の誕生日

 この2ヶ月、沈黙してしまいました。この間、グリーフに関係することで話したいことが山ほどあったのですが。海外本の翻訳に日夜追われておりました。(この本—斬新なグリーフの教科書とも言うべき秀作ーについてはまたゆっくりご紹介したいです)。

 昨日、7月2日は亡き夫昌平の誕生日でした。この11月で亡くなってから12年になりますが、生きていれば72歳。戌年です。(でした? 現在形?過去形?いつも迷うところ) そこで、夕べは今は別々に暮らしている娘たちの一家に集まってもらい、孫たちも含めて総勢7名(プラス偶然7月2日が誕生日の犬のボンゾーも参加)でカジュアルなカフェで会食をしました。
 カナダに単身留学中は、クラスメートのクリスーご主人を亡くして落ち込んでいたーと一緒に互いの亡夫の誕生日には、必ずどこかで一緒に食事をして祝い合ったものです。

 グリーフには、記念日シンドロムというのがあり、最愛の人の命日、誕生日、結婚記念日、などには、「ビタースイート」(懐かしさと痛みが入り交じった)気持がふつふつとわき起ると言われます。私にとっては、もう12年も経っているので「イタい!」と叫びたくなるような感じは、確かに見当たりません。懐かしさ?ありますね。しかし、まだグリーフが新しい方々ーお身内を亡くされて1−3年の方々ーにとっては記念日はつらいと思います。幸い、仏教を初め、多くの宗教は命日に、故人を偲ぶ正式な行事を薦めていますし、家族、親戚、友人が集って会食などもあり、にぎやかさの中でグリーフのつらさも多少まぎれることでしょう。
 でも、誕生日などその他の記念日には、自分で何か手を打たないと「独りっぽっち」という方もいらっしゃるのではないでしょうか? そして、例のシンドローム。何となく、寂しい、侘しい気持になってしまいます。そこでお薦めは、そうならないように、ご家族のどなたか、または理解あるお友達(特にグリーフ・サポート・グループのお友達ならきっと分ってくれるでしょう)を誘い出して、コーヒーショップ、レストラン、バーなどお気に入りの所で、亡き人のことについておしゃべりをする、そしてその特別な日をお祝いするようにしたらいかがでしょうか? 思い出の場所だったら一層お話も弾み気分が盛り上がるかもしれません。(勿論、少々の涙は許されるコーナーに座って!)
 私の中学・高校の同級生で、今年の初めにご主人を亡くされた方があります。彼女とはよくメールの交換をします。7月1日、彼女宛のメールに私は、2日が夫昌平のバースデーであり家族が集まる予定という話をし、「貴方のご主人のバースデーはいつ? もしその日にお一人なら喜んでお食事でもお付き合いしますよ」と書きました。そうしたら、まあなんと偶然にもその日、7月1日は彼女のご主人のバースデーだったのです! 折り返し彼女からメールが来てそのことを知り、互いに話題の偶然性と、亡き夫たちのバースデーが接近していることにびっくりしました。彼女は、妹さんたちのご提案で、息子さんのご一家も一緒に、最愛のご主人を偲んでホテルで会食をしてきたばかりと言うことでした。

 最愛の人が亡くなった日。それは生涯忘れられない衝撃的なつらい思い出。その痛手と傷は永遠かと思います。しかし、よく考えてみると痛手と傷の深さはその人が自分にとってどんなに「かけがえのない」人だったか、その証拠のようなもの。そんな「かけがえのない」人がこの世に「生まれた」日、それは遺された者にとっていつまでも大切な日であり続けるはずです。あの人が亡くなっても「誕生日」までもが消えるわけではないでしょう?

 おかげさまで私は、家族と共に夫の誕生日を祝うことができて、夕べはホノボノとした気持でおりました。
# by yoshikos11 | 2006-07-03 13:31 | グリーフ | Comments(3)

花の咲かない桜の木

   今日は、私がファシリテーターを務めた聖路加グリーフ・サポート・グループの参加者(今ではお友達)のAさんから「お花見に出かけました」というメールが入り、とてもうれしかったです。春爛漫(というのにはちょっと寒い一日でしたが)、桜満開、こうい季節はグリーフする人にとっては、もしかして「まぶし過ぎたのでは?」と少し彼女のことが心配でもある私です。でも「美しいものは美しい」とグリーフ真っただ中にあって「喜び」を感じられることは、とても素晴らしいことだとAさんのためにエールを送りたいです。
   それで思い出しました。私が夫を亡くしてまだ間もない頃、雨上がりの夕暮れの空に虹を見つけました。「わあ、きれいだ」と思わずうれしくなって声を上げました。そして、悲しいのに喜びも感じる自分にちょっと戸惑いました。でも、人は二つの異なる感情を一度に持つことが出来ることを、あとで学んで納得しました。
  実は、私も今日偶然お花見をしました。幼友達と会うことになっていて、四谷駅の方まで出かけましたが, 周辺の土手の桜が満開でした。まず上智大学の前の土手。道路まで桜の枝が伸びているので、近づいてよく見るとつぼみもまだしっかりあって、見応えのある、頼もしい咲きっぷり。(詩人でも俳人でもないので、風流な言葉が出なくてすみません)
  今度は母校(ふたば)の前の土手の方に目をやると、枝もたわわに咲き乱れる桜並木がずっと遠くまで続いているのが見えました。しばしうっとり見とれていました。すると土手の一番端に、端なので実は最も目立つ所に、花が一つもない桜の老木があるのに気がつきました。老木ながら、巨大なので存在感があり無視できません。ただ花が全く一輪も咲いていないのが、この時期になんとも違和感なのです。周囲は春を謳歌する如く、花色一色なのに、「花なし」の桜の木はいかにも殺伐として、コントラストが妙に目立ちます。あたかも、花見に浮かれる人々に「世の無常」を訴えかけているようなーもしかしてそんな風に見るのは考え過ぎ?
   その木は小学校に通っていた頃から同じ場所に立っていた。確かに見覚えがあります。もちろん、当時は(50年以上前!)毎年美しい花を咲かせ、一番目立っていた姿の美しい木でした。「50年も経つと、桜も花が咲かなくなるのかしら」と友達としんみり話しました。二人で図らずも歳月の流れを感じさせられた花見でした。そして、「花の咲かない桜の木」の為にグリーフしてあげたようでした。せかっくの春、素直に皆と浮かれれば良いのに、ついグリーフのメガネで物を見てしまう。。。次回は調子を変えましょう。
   
   
# by Yoshikos11 | 2006-04-01 02:36 | Comments(0)

子供とグリーフ No.2

細谷亮太先生の講演「子供のターミナル・ケア」について感想を書いたところ、早速コメントをメールで寄せて下さった方があったので、再び同じテーマで「続き」を書きたいと思います。
   もう一つ心に残ったこと: 細谷先生が小児患者のQuality of Lifeについて、子供さんのご両親と対話されている場面でした。まず、先生はご両親に「現行の治療は効果が見られず、もはや別の治療法もありません」と告知します。まさに、医療従事者として、現代医学の「限界」、言い替えればこのケースに関しては「敗北」を認めざるを得ない苦しい状況です。ご両親の側から見れば、まさに「死の宣告」を受けたことになります。私はこの場面でお母さんが泣き崩れるのではないかと、ハラハラして画面を見ていました。そして「泣きべそ先生」ももらい泣きするのではと。しかし、それは私の一瞬の危惧に終わりました。両者とも毅然としていました。
   先生は続けます 「無駄な治療を止めて、素平君(患者)に何か一生の思い出になる、特別なイベントを考えて上げたらどうでしょうか?」とご両親に提案します。もはや治る見込みのない患者さんに対して、最後を安楽に「意義深く」過ごしてもらう、QLの基本理念に添ったご提案です。それに対して、お母さんは(泣き崩れるどころか)まさに毅然とした態度ではっきり答えました。「息子は、治療で回復すると信じて今日まで頑張ってきました。治療をやり続けることで(たとえ効果がなくても)最後まで子供に回復の希望を持ち続けさせてやりたいのです」と。それは、通常のQLの理念とも、恐らく細谷先生の通常のお考えとも、私が素人的に考えることとも、違っているように思えました。
   QLの意味とは、まさに患者とその家族が決めることなのですね。それには常識もマニュアルもないとつくづく思いました。特に患者が小児だった場合は、母親が本人の代弁者として、何が子供にとってベストであるか、子供の身になって考えてあげるのだなあと思いました。まさに母親らしい意見がもう一つありました。お母さんは続けました。「息子は、同室の子供さんたちとお友達になり、今はお友達が何よりの慰めです。特別なイベントよりも、ここ(病院)でいつも通りの日常を過ごすことが彼にとって、最も幸せなことだと思います」と言われました。
   このお母さんのグリーフは既に今回の「告知」の時点で始まっているはずです。お子さんの「死」を覚悟しなければならないーAnticipatory Griefです。いや、もっとさかのぼって最初に病状告知を受けた時点で既にAnticipatory Griefは始まっていたでしょう。(その時点では、むろん回復の希望もあったでしょうけれど、お子さんはは健常の生活を断念しているのです。ご家族にとって、お子さんにとって大きな喪失です)この大変な状況で、お母さんがこれだけ冷静に息子さんのQLについて思考し、それを細谷先生に伝えたことに私は「母親はスゴい」と改めて感じ入ったのでした。恐らくここに至るまで、先生とご両親との間に信頼関係が充分確立されてきた、だからお母さんも「安心して」先生に話せたということもあるでしょう。お母さんの発言に、子供愛に、細谷先生も説得されたようでした。素平君の治療は続行しました(多分、副作用を緩和した形でーでも嘔吐などの不快感は残ります)。医療従事者として、この説得につて細谷先生の感想が聞きたかったです。見方によれば、無駄とも言える治療をすることに先生は葛藤が無かっただろうか?
   この告知の場面、関係者が「冷静」とか「毅然」とか言いましたが、告げる方も告げられる方もその心痛はいかばかりか、私は両サイドに立って「もらい泣き」ならぬ「もらいグリーフ」をしてしまいました。しかし、なぜかその場面には「人間愛」が溢れている感じもして感動しました。そして、素平君が最後にどんなことを考えていたのだろうか?ビデオではそのことに言及していませんが、ふっとそのことが気になりました。ご両親は細谷先生が書かれた「子供と死」についての本など読んで上げたのだろうか?などのことも思いました。あるいは最後まで「平常」に接しておられたのかもしれないーそれが愛情なのかもしれないとも思いました。
   細谷先生が強調されたこと:科学や現代医学は万能ではないーそのことを忘れないで下さいということでした。裏を返せば、万能だと思って医師に頼ろうとする患者や家族が結構いるという意味なのでしょう。もしかしたら、社会全体が科学万能主義に汚染されているのかもしれません。私たちは「死を否認する」社会に生きているのであり、「死」を含めて自然を全てコントロールできると奢っているところがあるのでしょう。医療従事者と、不治の病と闘う患者さん、その家族だけが、「死を否認できない」場所にいて、「そうじゃないんだよー」と叫んでいるように思われます。とりもなおさず、我々の社会は、死と向き合う人々、死別体験をした人々をいかに阻害していることか、彼らがその社会で生きることに、いかに孤独感をつのらせていることか、改めて感じました。
   最後に、「子供とグリーフ」のページを締めくくるにあたり、その専門家フィリス・シルバーマン博士の提唱するContinuing Bond(永遠の愛の絆)を強調したいです。シルバーマン女史は、ハーバード・メディカル・スクールの研究結果より、「幼くして死別体験(研究は特に親を亡くした子供が対象)をした子供たちは、同年齢の子供たちと比較して、spiritual abilityがより発達する」といいます。それは、遺された子供が亡くなった親とずっと絆を保ちたい一心で、
対話し続けているからに他ならないからです。彼らにとって「見える世界」が全てではなく、「見えない世界」が厳然と存在し、見えないものに価値を見いだしているのです。それは、神秘的な経験などではなく、現実的な経験であると思われます。
   素平くんを亡くした友達の司君が、ミッキーマウスのシールに素平君の存在を感じ取ります。ミッキーは単なるシンボルに過ぎないけれど、司君にとっては「目に見えない」世界を思い起こさせるきっかけです。幼いながら、司君の姿に、人間に生まれつき備わっているspiritual abilityー時空を超えて過去や未来に生きるーについて思いをはせました。思い出す行為は、たんなる記憶(メモリー)の世界とはいえず、ある哲学者が「過去を現在に再現し、そこに生きること」といいました。希望する行為は逆に「未来を想像し、そこに生きる」こととなります。そうすると、RememberもHopeも「現実」であり、私たちの世界はとうてい目に見える世界だけではなくなります。Spiritualとは、とかく神秘的な能力あるいは宗教的な能力のように考えられる昨今ですが、決してそうではありません。もっと広い意味で、時空を超えることが出来る人間だれにもそなわった能力なのです。その素晴らしい能力を、もっと生かせる社会にならないものでしょうか?


   
# by yoshikos11 | 2006-03-28 14:33 | グリーフ | Comments(0)

子供とグリーフ

   昨日は、東洋英和大学院、人間科学研究会主催の講演会を聴きに行きました。今回の講師は聖路加国際病院の細谷亮太先生で、演題は「子供のターミナル・ケア」でした。この会との出会いは、昨年代表の小山千加代さんにご依頼を受けて、私自身が「伴侶との死別」についてというテーマで、自分のグリーフ・ストーリーを話させていただいたのがきっかけです。私が、夫との死別という人生の大きな喪失体験をして、グリーフに興味を持ち、とうとうカナダにまで留学してしまい、ビリーブメント&グリーフ.スタディーという専門のコースを修得することになった、そんな経緯をお話ししました。4年にわたる勉学の内容を絞り込んで、しかも一時間半で話すのに、大変苦労した記憶です。
   さて、細谷先生の講演は、カナダへ留学する以前、5−6年前に一度聴きに行ったことがあります。人情味溢れる先生というのが、私のその時の印象でした。先生は子供の死に直面して、遺族と一緒に泣いてしまう「泣きべそ先生」と女性の看護士さんから呼ばれているそうです。「医大の恩師からは、患者さんや家族にあまり感情移入するなと指導されたのだが、自分はそれを守れない」と先生が言われたを今でも覚えています。
   そして、もう一つ細谷先生の印象的な言葉を思い出しました。「これまでに、多くの小児患者さんを看取って、数々の思い出があるけれど、生存した子供も亡くなった子供も、自分の心のなかに等しく焼き付いている。だから、自分にとって生と死の境が次第にファジーになって、どっちの世界も一緒のように思えて来た」と言われたことでした。私は、ターミナル・ケアに身を置くってそういうことなのかと、感慨深く聞いたものでした。今にして思えば、それは細谷先生が亡くなって逝った子供たちを、限りなくグリーフしているという意味ではないのか? グリーフのspiritual reactionというべきものだろうか?そんな風に思えます。昨日は、久々に「泣きべそ先生」にお会い出来るのが楽しみでもあり、出かけました。
   今回は、30分くらいビデオを見せられました。NHKが1年間かけて聖路加の小児病棟で制作したものだそうです。白血病で亡くなったまだ5−6歳の素平君と、同室で仲良しになった同年代の司君の友情物語で、特に心を打ったのは友達を亡くした司君のグリーフする場面です。むろん、5−6歳の子供には、「死」について大人のように抽象的な思考はできないし、知識として論理的に理解することもできません。実は大人だって、本当はよく分からないのが「死」かもしれませんね。しかし、6歳の子供でも「なんだか大変なことが起きたのだ」ということを、肌で感じているのでしょう。その嘆き悲しむ様子を見ると、大人のグリーフする様と何ら変わりがないみたいで、まるで「死」が何だか分かっているかのようにさえ見えるのです。「もう二度と会えない」その辛さを表現しているようで、もう一つ言えば「どうして、僕にさようならも言わずに、突然逝ってしまったの」とでも言いたげで、納得していない。(司君が一時帰宅し手いる間に素平君は亡くなった)
   ここでは、どうやって幼い子供に死について教えたらよいか?とうい問題が提起されています。司君のグリーフを緩和するには、やはり納得のいく説明をしてあげなければダメということが、よく分かります。子供はあなどれません。死を頭で理解出来なくても、心では何か感じているのですから。そして、細谷先生も言われたように、日頃からペットや生き物の死を経験した時、そのチャンスをとらえて教えることが大切です。急に教えるのはいかにも難しそうです。そして、もう一つ大切なことは、子供は大人のように感情の細分化をして「悲しい」「つらい」「怒り」「寂しい」などなど表現する言葉をしらないという点です。それについては、絵を描かせて自分の感情表現をさせる方法があります。色や形に置き換えるのです。子供は結構上手に絵に表すことができます。
   今回、細谷先生はビデオをとおして、子供の世界を見せて下さいました。幼い子供でも、病気で苦しむ友達の「痛み」が理解出来ること、そして労ったり、気を配ったり, やさしくしてあげられることなどを見た思いです。もしかして、大人顔負けかもしれません。以前、カナダで「子供と死」というコースを取った時に、授業で、子供のサポート・グループの様子を収録したビデオで見ました。まさに大人顔負けの「慰め合い」「支え合い」をしているのです。人間は生まれつきそういう「やさしさ」を持っているのかとさえ思ったものでした。
   細谷先生は、今回あまり多くは、おしゃべりされなかった気がしました。時間が足らなかったのかもしれません。沢山の幼い命を見送る立場にいる先生は、きっと「山ほど」言いたいことがあるはずー私が勝手にそう期待したのかもしれない。あるいは、先生の「思い」はきっと言葉にできない、言い尽くせないほどなのかもしれませんね。ただ2−3心に残ったこ言葉がありました。中でも、「先天性の病気を持つ親の大変さ、辛さをもっと社会全体が支えてあげるべきだ」ということでした。この社会は、グリーフ・フレンドリーではないのです。「つらい」ことや「悲しい」ことを、できるだけ見ないように、触れないように、聞かないように、そうやって人々が暮らしているのです。細谷先生は、不治の病と闘う子供とその親、そして子供を幼くして亡くした親の測り知れないグリーフを、代弁してこのように言われたのでしょう。子供を亡くした両親のグリーフは永遠と言います。私はそのような経験がありませんので、「よく分かる」とはとうてい言えないでしょう。でも、自分のグリーフがどんなかは知っています。そして、相手にの気持に出来るだけそえるようになりたいと思っています。
   
# by yoshikos11 | 2006-03-27 01:41 | Comments(0)

グリーフ・サポート・サークル

皆さんこんにちは。
この度、ブログを開きました。
徐々に、グリーフ&ビリーブメント関連のことを書いて行こうと思います。
皆さんに興味を持っていただける、ページにしていきたいので、よろしく!
フィードバックもお待ちしています。
鈴木 剛子
# by yoshikos11 | 2006-03-26 16:20 | Comments(1)