グリーフワーク沖縄(GWO)10周年記念講演会

グリーフワーク沖縄(GWO)創立10周年記念講演会
(写真は講演会場・沖縄県立美術館にて、GWOスタッフの皆さんと)
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 グリーフワーク沖縄が創立して10年、おめでたい節目に、光栄にも、ゲストスピーカーとしてお招きいただきました。
7月22日(日曜)、那覇市・沖縄県立美術館にて『様々な喪失を見すえて生きる:より広い視野でグリーフを理解するために』というテーマでお話をさせていただきました。
 前日には沖縄全域に台風10号が襲来、心配された天候も、講演会の当日には台風一過、爽やかな快晴となり、モダンで美しい県立美術館のシアターには、200名近い聴衆の方々が集まり、会場は熱気に溢れていました。

 このテーマは、ダーシー・ハリス教授(一コマ前のブログ・「IWGカナダ大会」を参照ください)が提唱した『終わりのない喪失』と『慢性的悲しみ』という喪失学とグリーフ学の新しい考え方を紐解くものです。今後、グリーフケアの理解を深めるために多くの方々に学んでいただきたい新理論なのです。

 GWOとGCCのご縁は、姉妹関係のように深く、今回この新理論、沖縄が発信地となりました。もちろんご興味のある方々、お声をかけていただければ筆者は喜んで、全国どこへでも、馳せ参じますが.(笑).沖縄の皆様のグリーフに対する関心は特別だと、常々痛感していました。
 こうした熱心さの背景には、戦後74年間、背負って来られた沖縄戦の傷跡があり、毎年6月23日を「慰霊の日」と定め、県民あげて戦没者に哀悼の意を表していることが、グリーフの視点から、彼らを象徴的で、ユニークな存在にしていると。

 そのような土地で、お話しさせていただけたことを、私は身にあまる光栄と思っています。また本テーマについてGWOのスタッフの方々と、膝を突き合わせて、本音で分かち合いができたことは、何よりの幸せと感じています。またの再会が楽しみでもあります。


# by yoshikos11 | 2018-08-09 02:15 | Comments(2)

国際死生学会(IWG)カナダ大会(2)

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 IWG カナダ大会の主催者・King's University College は 我が母校でもあり、当地(オンタリオ州・ロンドン市)には4年間住んだ思い出に満ちあふれ、King's のダーシー・ハリス教授(カナダ大会・大会長)を初め、親友たちとの再会など、学会での豊かな収穫以外にも、私にとってはノスタルジックな旅というボーナスもありました。

 留学中ご指導いただいた恩師・ジョン・モーガン教授の墓参がかかせないアジェンダでした。モーガン教授には、カナダを去る最後の夏休み、通算138時間の個人教授を受け、お別れしたのですが、日本へ帰国後5ヶ月目に先生の訃報に接しました。モーガン教授に教えを受けたカナダの学生は数千人に、その中でなぜか日本人の私が、先生の最後の「弟子」となりました。不肖の弟子ながら、不思議なご縁を感じます。

 次期IWGの大会は、2020年、アフリカのジンバブエで開催予定です。“ジンバブエで会いましょう”を合い言葉に、125名の参加者は、5泊6日の寝食を共にした仲間たちと別れたのでした。
(写真上左:モーガン教授の墓参、上右:カナダの親友、ロイスとクリス、下左:日本の参加者、川島大輔先生、カール・ベッカー先生、石井千賀子先生と会食・思い出のあるギリシャ・レストランで、下右、King's Univ. ダーシー・ハリス教授と)

私のサイトもよろしく:http://www.gcctokyo.com

# by yoshikos11 | 2018-08-08 01:44 | Comments(4)

国際死生学会・カナダ大会へ(1)

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(写真上、大会最終日、12組のグループがそれぞれ6日間の討議の内容を全体会で発表しました)
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(写真上、筆者が参加した分科会「複雑性グリーフ・セラピー」の仲間たち・右前・リーダーのロバート・ニーメヤー教授)


 本年、6月23日〜29日、5泊6日、カナダで開催された死生学の国際学会・International Work Group on Death, Dying, &Bereavement へ参加しました。世界中から125名の学者、研究者、臨床家たちが一同に会し、6日間に亘り、死生学の中心テーマである、終末期に関わる諸問題や患者のケア、死別喪失、グリーフ・セラピーについて、ゲストスピーカーの講演を聴講し、グループ別に分かれ分化会で討議し、意見交換し、他ではありえない有意義な学びと交流の機会を持ちました。

 特に感動したのは、私が参加したグループ「複雑性グリーフのセラピー」でのセラピスト仲間との交流でした。リーダーは敬愛するロバート・ニーメヤー教授で、少人数で先生を独占できる夢のような機会。メンバーはカナダ人(King's の教授)イスラエル人、ブラジル人(2名)、オランダ人、私の6名。それぞれが自身のセラピー事例を紹介、セラピストとしての悩みや葛藤を分かち合った経験でした。

 それはメンバー全員が、想像を絶するトラウマ的な死別を体験したクライエントに共感し、その人の苦しみを多かれ少なかれ感じて、1人のセラピストの抱える問題を共有し、彼女/彼を励ますというシーンでもありました。
 セラピストといえども人の子であり、自分の弱さや限界も感じながら、また時として個人的な問題をも抱えながら、支援の仕事に携わっている、そのことを素直に告白することで、お互いの間に他では得られない親近感と慈愛が生まれるということを、つくづくと感じさせられました。
 遥々遠くカナダの地までやって来て本当に良かったと思いました。

(国際死生学会・カナダ大会へ(2)へ続きます。合わせてお読み下さい)





# by yoshikos11 | 2018-08-07 02:02 | Comments(4)

2018年GCC公開講座・1月&4月実施 (省みて)

報告が遅れましたが、GCCでは本年1月18日には伊藤高章先生(上智大学実践宗教学・教授)をお招きして『スピリチュアルケアの4次元』というテーマにて講演いただき、4月7日には儀賀理暁先生(埼玉医科大学総合医療センター・緩和ケア推進室)をお招きして『3.11大震災被災地支援を省みて』というテーマにて講演いただきました。
伊藤先生はスピリチュアルケアについて論理的、体系的にひも解いて下さり、学問的にはかなりハイレベル(難解?)でしたが、理論学習をかかせないGCCの受講生にとっては極めて貴重な機会で、大好評でした。
私自身は「死期の迫った患者さん」のケア(ホスピスケア)と、「最愛の人を亡くした方」のケア(グリーフ・カウンセリング)との共通点と違いについて色々考えさせられる講演でした。(そのことは別の機会に書きたいと思います)

一方、儀賀先生は『3.11大災害7年目追悼講演』と銘打ったGCCの記念行事のキーノート・スピーカーとして、ご自身の災害サバイバー支援のご体験談を沢山の映像を交えて語って下さいました。特に7年間参加された被災地での「お茶っこの会」のエピソードやスナップ写真は1000年に一度と言われる大災害の貴重な記録であり、日本人なら決して忘れてはならない出来事をずっと心に留めるために、できるだけ多くの人々に見て欲しい聴いて欲しいと思いました。
私は、緩和ケアの専門医が震災直後に『遺された方々に手を差し伸べたい」『これしかない』と瞬時に思われ、行動に移された〜その辺のお気持ちをもっと伺いたいと思いました。主催者、司会者、2役こなすのに精一杯で、ご質問しそびれてしまいましたが。
前座では、ボランティアさんたちの「追悼演奏」があり、儀賀先生はギター演奏もして下さったこともあり、参加者は音楽を聴きながら津波の犠牲になった方々と災害サバイバーの方々への思いを深め、涙するシーンも見受けられました。
(写真下、伊藤高章先生・講演会シーン、GCCの教室で) (写真上、儀賀理暁先生を囲んでGCC内宮、鈴木、ニコラ・バレホールにて)
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# by yoshikos11 | 2018-05-06 12:47 | Comments(5)

イースター(復活祭)を祝う

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昨日4月1日は、キスト教会でもっとも大切にしているお祝い日・イースター(復活祭)でした。日本ではクリスマスのようにポピュラーではありませんが、欧米では学校もイースター・ホリデーに入ります。イエス・キリストは無実の罪を着せられて十字架上で受難の末、死を遂げます。しかし、3日目に甦り弟子たちのうちに現れたと聖書に印されています。その甦った日がイースターなのです。

私が参加した復活のミサでは、竹内修一司祭(上智大学教授)が司式者でしたが、その講話の中で『そんなことありえない』と否定する人、『この世にはありえないことが起こる』と心に留める人の両方がいると、3.11大震災の衝撃的な出来事に対するある親子の反応を引用しながら、イエスの甦り、復活について問いかけました。

ここでは信じるか否かは脇において、2000年以上前のイエスの弟子たちのことに思いを馳せてみたいと思います。世界を制覇する王様と思ってついて来たはずのイエスがあっさり逮捕されて処刑されてしまった。彼らは関係者として罪に問われるのではとビクビクしながら身を潜めていた。敬愛していた恩師の死を悼んで激しくグリーフしていた。そこへ「心配するな」といって皆の中にイエスが現れた〜そして又去って行った。「ああ、生きていて下さったのだ!」と思わず感動と喜びで飛び上がったかもしれません!

愛するものとの死別、「一体どこへ行ってしまったのだろう」と遺されたものはしばらく相手を探し続けます。落ち着かない、不安になる、そんな思いでいるとき、亡くなった人の声がして「大丈夫」「心配しないで」と言った〜それがどんなに安心感につながったことか〜こんな話をして下さる方が、何人もいらっしゃいます。イエスの復活についても、私たちグリーフ学に携わるものにとって、そんなに難解な話題には思えず、むしろ身近に感じる話。「魂の永続性」「死んでも生きる」ということを信じたい、いや信じている、そういう方々と共に学び、生きていることに、私は幸せを感じます。





# by yoshikos11 | 2018-04-03 02:01 | Comments(2)

3月11日・哀悼

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(写真左・陸前高田市・松原苑へ支援に・写真右、被災した鵜住居保育園・仮園所を訪問〜GCCのカウンセラーたちと)



今日は3月11日、東日本大震災・7年目の記念日です。1.000年に一度とも言われる大災害で命を落とした多くの方々のご命日です。
午後、2:46 日本各地で犠牲者の霊に哀悼を表して、また遺された方々へ思いを馳せて、黙祷が捧げられ、記念の儀式が執り行われました。
私もしばし仕事の手を休めて、この日ばかりは被災地で出会った方々のことを思い出しています。
GCCの仲間と共に、2012〜2014年にかけて、岩手県陸前高田市にある「医療法人勝久会・松原苑」にて、そこで働く医療従事者の方々を
中心に、カウンセリングによる支援をさせていただきました。あのときお会いした皆さんはどうされているのだろうか?
私は日々の生活に追われて、しばらく訪問していない彼の地のことが気になります。

今でも連絡を取り合っている地元のKさんから伺った話:2年ほど前から、高田市の災害公営住宅の住民のために、「交流サロン」が開催されて、
人々が集まって語り合う場ができたとのこと。Kさん自身も災害サバイバーの一人でご主人を津波で亡くされていますが、現在サロンの相談員を
務めています。そこで初めて震災の日のトラウマ経験を話すという人も少なくないそうです。なんと5年以上過ぎてやっと話す場と機会をもった、
話す気になったということに、驚かされます。
時には共に涙し、時にはなつかしい思い出話に花が咲き、交流サロンは活況を呈しているとのこと。街を失い、住む家を失い、ご近所さんを失い、
寄る辺無き方々の新たなコミュニティ作りに、「交流サロン」は貢献をしているようです。

しかしKさんの話では、失ったものがあまりにも大き過ぎて、人生設計がひっくり返され、生活基盤を奪われて、深い傷を負っている人たちの
心の癒しには、7年は短かすぎ、まだまだこれから大変そうだと言います。
気持は被災地へ飛んで行きたいのですが、中々思うに任せず、せめて3月11日、この日を決して忘れないために、GCCでは4月7日(土曜)に『3.11大災害・7年目・追悼記念講演会』を開催予定です。詳しくはGCCのサイトをご覧下さい。http://www.gcctokyo.com.

# by yoshikos11 | 2018-03-11 16:34 | Comments(3)

戌年・走る・走る

f0101220_16291312.jpg  今年は戌年、時間は俊足で飛んでいきます!
  それに追いつき、追いつこうという私。
  気付けば3月、立ち止まって、ブログを書く時間がなかったのか、
  3ヶ月もお休み状態。面目ないです。
  この3ヶ月色々と書くべきことがたくさんたまりました。
  これから一頁づつに分けて報告しようと思っているので、
  読んで下さっていた方々、もうしばらくご容赦を!

  写真左、娘の飼い犬、ボンゾウ(イングリッシュ・コッカスパニエル
      と、パコ(ジャーマン・ショートヘアード・ポインター)
  戌年にちなみご挨拶です。

# by yoshikos11 | 2018-03-08 16:35 | Comments(0)

ハープセラピー年次研修会でレクチャ

イベント満載の秋は短く、急ぎ足で過ぎていったようでした。
時計を巻き戻して、少し振返りたいと思います。

10月28日、日本ハープ・セラピー協会(代表・神藤雅子氏)年次研修会にご招待を受け、最新のグリーフ論について3時間余の講義を行いました。
東京の神藤先生のもとへ、遠く九州や関西から馳せ参じた研究生たち数名は、ハープ演奏実技と療法音楽の理論の猛特訓を受けて来られました。
研修を終えた暁には、皆さんホスピスや緩和ケア病棟で患者さんのためにハープの生演奏することで、スピリチュアルケアを実践されます。
通常私の講義は死別体験後のグリーフ・ケアが主体ですが、今回、研修生たちの関心ごとが「終末期のケア」であるため、私自身の看取りの経験を多少、
お話することにしました。折しも夫の23年目の命日を10日後に控え(命日は11月8日)実感を込めての語りになりました。もう昔のことなのに
不思議とついこの間のことのように、彼の最後の場面が次々と甦り、まるで追悼講義のようになりました。傾聴して下さった皆さんに感謝です!
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# by yoshikos11 | 2017-12-04 02:01 | Comments(0)

GCC第7回強化セミナー

 去る10月14日(土曜)GCC第7回強化セミナーを開催しました。参加者はGCC認定グリーフ・カウンセラーたち。午前の部は筆者が『ポストトラウマの人間的成長:事例考察から』と題して講義。午後は中京大学心理学部准教授・川島大輔先生により「喪失の意味再構成論」について講義と演習をご指導いただきました。(写真下、講義に臨む川島大輔先生)川島先生には5月に引き続き再登壇をいただき大変お世話になりました。
 学問の世界には終わりはなく、また日進月歩です。資格取得後のフォローアップ・セミナーで新理論を学び、ブレーンストームを体験、また演習によってスキルアップすることは非情に大切と考えています。
 人生で災難や喪失を避けて通れないが、たとえ悲劇的な経験をしても、カウンセラーの支援のもとにトラウマ的な喪失と向き合い、喪失体験について語ることで、喪失のストーリーを作成していく。そしてその過程で「最悪と思われる体験に何かひとつでも良いことを見出せれば」遺されて再生の道を図ることが可能になる〜それが意味論の唱えるところです。またその道は険しいけれど、苦難をくぐり抜けることで、ポストトラウマ(トラウマ体験後)には、以前より人間的に成熟した、成長したと思える人も少なくないのです。午前、午後をとおしてGCCのカウンセラーたちがそのことを改めて確信して下さったら、そして来談されるクライエントの方々により良い支援が提供できたら、主催者、講演者として本望に思います。
 翌日15日(日曜)には同じくGCC認定グリーフ・カウンセラーたちを対象とした「カウンセリング技法講座」第4回を開催しました。今回は8月に日笠魔子先生のご指導により学んだPCAGIP法(パーソン・センタード・アプローチ)の練習を私たちだけで行なってみました。この理論の理解を深め、訓練が積めたのではと思います。
 主催者・講演者の二役を務めた2日間で少し疲れましたが、参加者の充実した笑顔、満足した様子をみるにつけ、疲れは和らぎました。
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# by yoshikos11 | 2017-10-29 16:52 | Comments(0)

夏の終わりに(つづき)

ウェールズ訪問:ボーマリスの海辺    

f0101220_02421084.jpg母の命日に彼女が熱心な野球ファンということを書いたところ、様々なコメントをいただきました。しかし野球ファンというのは母のほんの一面なのであと少しだけ追記して、命日のしめくくりにします。                       大正生まれの母、女性の生き方としては、結婚して専業主婦になるという選択しかなかった時代。しかし、本当は『コンサート・ピアニストになりたかった』のだと聞いています。20歳で結婚するまで熱心にピアノの練習に励んでいましたが、見合い結婚した相手(私の父)が音楽に関心がないので次第に弾かなくなったとか、、そして第二次世界大戦が勃発。もはやピアノどころではなくなりました。母の父親が赴任先のドイツから送らせたシュタンウェイのピアノを、二足三文で売却して租界したのでした。(なんともったいない!)世が世なら母はピアニストとして活躍したかもしれません?

母が50年遅く生まれて来ていたら?生き方の可能性はぐーんと拡がったことでしょうに、と思うところが多々あります。父親(私の祖父)が造船技師であったせいか、母はメカにめっぽう強く、自宅の家電や配線系統、ミシンなどが故障しても、器用に自分で修理していました。(私は父に似て、不器用、ムリ)母がエンジニア?コンピューター技師に?私にはその才能皆無ですが、母だったら、充分成功したのでは?
そう考えると、人は生まれた時代によって、社会によって作られるのだと思います。
 あまり母のことを褒めるのも気が引けますが、最後に、彼女はオシャレのセンス抜群でした。後期印象派のエドワルド・ヴイヤールの描く女性像の雰囲気がある、といっては少し褒め過ぎですが。戦争直後、物のない時代にどこから見つけてきたのか、私に赤いサンダルシューズを買って来てはかせ,『良く似合うわ』とうれしそうにしていました。あんな素敵なサンダルシューズ、今でも中々見かけないです。

GCCのサイトもよろしく→http://www.gcctokyo.com

# by yoshikos11 | 2017-08-28 03:47 | Comments(2)