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悼む人 やっと読み終えて

 だいぶ前に天童荒太の「悼む人」を途中まで読んでほっていました。次々と講座に関連した他の本や資料をこなすのに追われる日々でした。やっと最近読み終えたので読後感を一言。

 この小説の主人公「悼む人」は、テレビや新聞で報道される事故死、自殺、犯罪などで亡くなった人たち、いわば見ず知らずの人たちのことを思って、その人たちが亡くなった場所を次々と訪ねては、故人に「想いを馳せる」のです。

 「悼む人」は亡き人たちが「かつて」確かにこの世に存在し、誰かを愛し誰かに愛されたという事実を風化させていまうことに抵抗し、少なくとも自分だけは記憶に留めようと遠大で気が遠くなるような思いに駆られます。(一箇所3回は訪ね、一人3回は悼もうという計画を持っています!)

 家族からも「なぜ、貴方がそうしなければいけないのか、大体、人の記憶には限界があるでしょう」と聞かれても「誰かが死んだと知ると、いてもたってもいられなくなる」と彼は答えます。そして、小説は次々と「悼む人」の旅を追って行きます。あらゆる死に様が紹介されます。(途中で少々飽きるくらいに)

 「あり得ない」話が小説の小説たる由縁ですが、この突飛さの中には「去る者日々に疎し」と言うように、人の生の「はかなさ」「無常観」「虚無感」「抵抗感」など誰の心にも大なり小なり潜んでいる気持を「悼む人」が代弁してくれます。

 しかし、私は仕事柄お身内を亡くされて、心に傷みを負った方々と接する機会が多いのですが、皆さんかつて愛し、愛された相手を忘れるどころかいつまでも心に留め、折に触れて思っておられるのを常々聞き知っています。
 「悼む人」が全ての死者を覚えようとしなくても(所詮不可能なこと)、遺された人々の心の中には永遠に亡き人たちは生き続けているケースが多いのですね。

 むろん、昨今よく聞く孤独死や悲惨な最期などショッキングなことだけが強調されるケースについては故人の美しい思い出を心に留めようとする「悼む人」が必要かもしれませんが。

 

 
 
 
 

 
by yoshikos11 | 2009-05-01 19:34
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