映画 沈まぬ太陽 (グリーフケアの視点から?)

f0101220_16462282.jpg 暮れからお正月にかけて娘の犬(Bonzo)を預かっているので、もっぱら朝夕散歩で足を鍛えています。元旦は、彼女の家のテラスから初日の出をBonzoと一緒に仰ぎました。犬のおかげで早起きもしています。

日の出といえば、山崎豊子原作の映画「沈まぬ太陽」を鑑賞してきました。映画館は満員、観客は中高年が圧倒的に多かったです。この本が発刊された当時は、JALのイメージダウンになるとか、ならないとか、随分騒がれたようですが、私は当時、カナダ在住だったのでその辺のことは知りませんでした。しかし、あの惨事は時間とともに風化させてはならないので、映画化したことに喝采を送りたいと思いました。

最初と最後にアフリカのサバンナの雄大な映像が映りますが、圧巻でした。渡辺謙が演じる主人公(恩地)が「この大自然を目の当たりにすると、自分はなんと小さなことで一喜一憂していたかを思い知らされる」と言います。JALならぬNAL(ナショナル航空)の労働組合委員長として大活躍したばかりに、管理者からにらまれ、疎まれ、左遷につぐ左遷を経験。晩年になってまさかのナイロビ転勤を命ぜられます。しかし、彼は大自然に心を癒されるのです。

左遷の一件以外にも、恩地は癒しが必要でした。それは、彼が御巣鷹山の事故の直後から事後処理に携わり、その後数年間、遺族への慰謝料交渉の役目を担ったことがあります。画面から、事故の衝撃の大きさが伝わってきます。たいへんなトラウマです。遺族の苦渋のシーンが紹介されますが、あの惨事の現場で昼夜徹して働いた主人公は、どっぷりトラウマに汚染されたはずです。
 更に、その後数年間、深い悲しみにある遺族を次々に訪問して歩きます。NAL側は、いわば「加害者」なわけですから、恩地の役割はつらいものがあります。怒りをぶつけ、怒声を浴びせる遺族もいます。そうでなくても、親身になって相手の苦しみを受止め、共感する役割は決して楽ではありません。(主人公はグリーフケアの訓練を受けたと思えないので!)

それでも、誠実な主人公は生涯かけて遺族に詫びて廻りたいのだと言います。宇津井健演じる老齢の遺族は、一人息子夫婦と孫を事故で亡くしています。恩地は、この男性を何回か訪ねる中で「あなたの経験された苦しみは、私が生涯経験した全ての苦しみを全部あわせても、到底、かなうものではない」と告げます。このセリフ、たいへん印象的であり、彼が必死で相手の苦しみを理解しようとしたことが想像できます。

ナイロビ「左遷」人事にショックもあったのでしょうけれど、恩地には「日本から逃れたい」という思いをあったと想像しました。日本に住んでいたら生涯、事故のことから解放されないでしょう。ナイロビの荘厳な夕日に、彼はようやくバーンアウト寸前の心を癒したのだと思いました。

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by yoshikos11 | 2010-01-03 18:16 | Comments(0)
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