3月11日・哀悼

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(写真左・陸前高田市・松原苑へ支援に・写真右、被災した鵜住居保育園・仮園所を訪問〜GCCのカウンセラーたちと)



今日は3月11日、東日本大震災・7年目の記念日です。1.000年に一度とも言われる大災害で命を落とした多くの方々のご命日です。
午後、2:46 日本各地で犠牲者の霊に哀悼を表して、また遺された方々へ思いを馳せて、黙祷が捧げられ、記念の儀式が執り行われました。
私もしばし仕事の手を休めて、この日ばかりは被災地で出会った方々のことを思い出しています。
GCCの仲間と共に、2012〜2014年にかけて、岩手県陸前高田市にある「医療法人勝久会・松原苑」にて、そこで働く医療従事者の方々を
中心に、カウンセリングによる支援をさせていただきました。あのときお会いした皆さんはどうされているのだろうか?
私は日々の生活に追われて、しばらく訪問していない彼の地のことが気になります。

今でも連絡を取り合っている地元のKさんから伺った話:2年ほど前から、高田市の災害公営住宅の住民のために、「交流サロン」が開催されて、
人々が集まって語り合う場ができたとのこと。Kさん自身も災害サバイバーの一人でご主人を津波で亡くされていますが、現在サロンの相談員を
務めています。そこで初めて震災の日のトラウマ経験を話すという人も少なくないそうです。なんと5年以上過ぎてやっと話す場と機会をもった、
話す気になったということに、驚かされます。
時には共に涙し、時にはなつかしい思い出話に花が咲き、交流サロンは活況を呈しているとのこと。街を失い、住む家を失い、ご近所さんを失い、
寄る辺無き方々の新たなコミュニティ作りに、「交流サロン」は貢献をしているようです。

しかしKさんの話では、失ったものがあまりにも大き過ぎて、人生設計がひっくり返され、生活基盤を奪われて、深い傷を負っている人たちの
心の癒しには、7年は短かすぎ、まだまだこれから大変そうだと言います。
気持は被災地へ飛んで行きたいのですが、中々思うに任せず、せめて3月11日、この日を決して忘れないために、GCCでは4月7日(土曜)に『3.11大災害・7年目・追悼記念講演会』を開催予定です。詳しくはGCCのサイトをご覧下さい。http://www.gcctokyo.com.

by yoshikos11 | 2018-03-11 16:34 | Comments(3)
Commented by 玉江 at 2018-03-11 22:27 x
今日は3月11日ですね。テレビなどで震災の番組を見ていました。7年前、震災の起こった翌月の4月に剛子先生とGCCのお仲間とご一緒に陸前高田へ行ったことを思い返していました。「本当にここに街があったの?」と信じられない位、何もなくなっていた広野を目の当たりにして慄然としたのを覚えています。その後、尊い命はもちろん、みんなの命を育くんできた家、描いていた未来も喪失させられてしまった方々の、大切な思いも聴かせていただきました。当時に思いを馳せていると私の奥深くにも流れている大切な思いと共鳴して深い感慨がゆっくりと込み上げてきました。亡くなった方々のご冥福を祈ると共に、残されて今を生きている方々、そして全ての人々が幸せでありますようにお祈り申し上げます。
Commented by 招きネコ at 2018-03-11 23:48 x
7年の月日の流れに感慨があります。津波で家を失い拙宅に避難してきた親戚のご夫婦も既に故人となりました。「復興」ということばの意味をNHKの大越キャスターが「心の傷が癒えて、自らが一歩前に踏み出せるようになることでは」と問いかけて特別番組を終えたことが印象に残りました。最近、特に被災者の方への「心のケア」や「グリーフケア」の重要性がメディアでも取り上げられています。GCCのカウンセラーの皆様の活動がさらに期待されていると思います。

Commented by 鈴木剛子 at 2018-03-12 12:37 x
玉江さん招きネコさんこの日の感慨をお寄せ下さりありがとうございました。NHKの特番をご覧になったのですね。そこで陸前高田の「薮や」(蕎麦屋)さんの若主人が取材されていてなつかしかったです。震災後何も無くなってしまった高田で唯一オープンした飲食店でした。震災前まで店を経営していた父親は津波で亡くなり、蕎麦作りのことを一から学んでこの若主人、店を再建させたのです。私は仮店舗に何回か行きましたが、最近本店舗が開店したのですね。心から「おめでとう」とテレビを見ながら言いました!
でも彼は『オヤジを置いて逃げたのが良かったのか、一緒に逃げられたのではなかったか?』7年たった今でもそうつぶやいてました。『一緒に逃げたら、お二人とも津波に飲まれたかもしれなかった、薮やは残せなかったのでは?』と伝えたい衝動にかられました。
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