2018年GCC公開講座・1月&4月実施 (省みて)

報告が遅れましたが、GCCでは本年1月18日には伊藤高章先生(上智大学実践宗教学・教授)をお招きして『スピリチュアルケアの4次元』というテーマにて講演いただき、4月7日には儀賀理暁先生(埼玉医科大学総合医療センター・緩和ケア推進室)をお招きして『3.11大震災被災地支援を省みて』というテーマにて講演いただきました。
伊藤先生はスピリチュアルケアについて論理的、体系的にひも解いて下さり、学問的にはかなりハイレベル(難解?)でしたが、理論学習をかかせないGCCの受講生にとっては極めて貴重な機会で、大好評でした。
私自身は「死期の迫った患者さん」のケア(ホスピスケア)と、「最愛の人を亡くした方」のケア(グリーフ・カウンセリング)との共通点と違いについて色々考えさせられる講演でした。(そのことは別の機会に書きたいと思います)

一方、儀賀先生は『3.11大災害7年目追悼講演』と銘打ったGCCの記念行事のキーノート・スピーカーとして、ご自身の災害サバイバー支援のご体験談を沢山の映像を交えて語って下さいました。特に7年間参加された被災地での「お茶っこの会」のエピソードやスナップ写真は1000年に一度と言われる大災害の貴重な記録であり、日本人なら決して忘れてはならない出来事をずっと心に留めるために、できるだけ多くの人々に見て欲しい聴いて欲しいと思いました。
私は、緩和ケアの専門医が震災直後に『遺された方々に手を差し伸べたい」『これしかない』と瞬時に思われ、行動に移された〜その辺のお気持ちをもっと伺いたいと思いました。主催者、司会者、2役こなすのに精一杯で、ご質問しそびれてしまいましたが。
前座では、ボランティアさんたちの「追悼演奏」があり、儀賀先生はギター演奏もして下さったこともあり、参加者は音楽を聴きながら津波の犠牲になった方々と災害サバイバーの方々への思いを深め、涙するシーンも見受けられました。
(写真下、伊藤高章先生・講演会シーン、GCCの教室で) (写真上、儀賀理暁先生を囲んでGCC内宮、鈴木、ニコラ・バレホールにて)
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by yoshikos11 | 2018-05-06 12:47 | Comments(5)
Commented by 水たまり at 2018-05-07 16:28 x
伊藤先生の講義は難解でした。中動態がサラッと話されていたので、ついていけませんでした。ケアの話をお聞きするとよく出てきます。哲学者の国分巧一朗先生がいいだされたみたいですね。「中動態の世界」という本を出されて話題になりました。まだこの本読んでいないのでここまでにしておきます。(^^♪
儀賀先生のお話は面白かったです。災害で起こったことは「大切な一人をうしなうことが2万回あった」とお話しされていました。とてもいい言葉だと思いました。事故にあい都会の片隅で亡くなる方も、残された大切な人にとってはかり知れないグリーフがある。災害でも都会の事故でも大切なな人を亡くすグリーフの深さには変わりがないのだということが、伝えられた気がします。
Commented by 鈴木剛子 at 2018-05-07 19:42 x
伊藤先生のスピリチュアルケア論は鎌田東ニ企画・編纂『講座スピリチュアル学VOL1 スピリチュアルケア』(2014)を教科書として予習し当日に臨みましたが、本書では先生は3次元論を唱え、ところがGCCの講座では進化して4次元論になっていて戸惑いました。
この4次元が恐らく「中動態」をキーワードとする世界なのかと、、国分先生の図書は未読ですが、終末期のスピリチュアルケアの世界でこの用語を具体的に説明するのに適切な論議は、ハーピストで療法音楽の提唱者、実践者である神藤雅子氏のものではないかと思いました。
神藤氏は患者さんのベッドサイドで、患者さんの病状を良く知った上で、患者さんの呼吸に合わせてハープの即興演奏を(アドリブ的に)行なう、患者さんに対して直接的、能動的意図的に働きかけるのではなく、患者さんに奏でた音をただ「浴びてもらう」のだと言われました。シャワーを浴びるかのように。
そうした音の世界では、誰かがケアを提供するとか、誰かがケアを受けるという感覚は希薄化し、患者さんが自然に音に
よって癒される現象があるのみなのだと。ハープセラピーを受けた後に患者さんの血圧が下がる、気持が安定するなど、確かに効果があるとのこと。勝手に音を浴びているだけで。
 『中動態』の具体例の一つになりますでしょうか?

Commented by MICHIKO at 2018-05-08 10:38 x
伊藤先生のご講義では、ホスピスケアと、グリーフについて考えさせられるとともに、死期の迫った患者さんのご家族に対するサポートの事も、考えさせられるとても良い機会でした。また、する、されるとは、違う中動態の世界、、私もまだまだ理解不足ですが、これを機に学んでいきたいと思います。

儀賀先生のご講義では、終末医療にかかわる医師の方達がどのような経緯で、被災地のサポートを継続して行うことになったのか、どのような思いで関わってきたのかが多くの写真や体験談から伝わりました。自分を理解してくれている方がそこに存在しているという心強さ、安心感、グリーフサポートをするうえでもとても大切な事を教えていただいたように思います。GCCメンバーの方の音楽の演奏や、儀賀先生の歌も大変心癒されました。
Commented by 鈴木剛子 at 2018-05-10 19:02 x
最近コメントをお寄せ下さった方々へ、ありがとうございました。招きネコさん、伊藤先生のキータームを思い出させて下さり「中動態」の説明や「他者の苦しみを追い越すな」(すごく適切な表現)など、お陰さまで良い復習になりました。特に後者の『追い越す』は、「分け知り顔」「早合点」「謙虚さの欠如」などの行為をさすのかと。他者の苦しみをそう簡単に分かるはずがないのですね。カウンセラーとしても多いに注意すべき点だと思います。(面談でクライエントさんが語ることはその方の背をっているもの全てに比べたら氷山の一角にすぎないのですね)
また自身の死と向き合っている末期患者さん(一人称の死)を前にして、「死ぬのはその人」であって自分ではないということを、ケア従事者は何度も自分に言い聞かせて患者さんと向き合うべき、伊藤先生はそのようなことを言われたのかとも思います。
Commented by 招きネコ at 2018-05-13 20:44 x
伊藤先生が「癒す」とか「癒される」のではなく、「癒える」ということが大切であり、動かされたから動くのではなく「心が動く」ということの意味合いを教えて下さいました。それは「等身大」の大切さでもあり、その人の大変さより先に行ってしまっては意味がない、その人の困り具合、悲しみ具合、怒り具合・・・ケアしている人の心に追いつく。しかし、追い越してはいけない。何事も先走りがちな私にとっての大きな警告となり、我が身を猛省した次第です。いつもながら、鈴木先生に素晴らしい学びの機会を提供して頂き深謝しております。ありがとうございました。

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