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大薮順子さんGCCで講演!!

 f0101220_00102903.jpg2月16日(土曜)第9期GCC強化セミナーを開催しました。今回のテーマは『様々な喪失に目を向ける』ですが、死別のように、誰の目にも明らかに「喪失」とわかるネガティブ経験に限らず、時にはそれに匹敵するか、それ以上に”つらい”かもしれないのに、我々の目には見えない「喪失」について見て行こうという試みです!
第一部では、ゲスト・スピーカーに、大薮順子(おおやぶ のぶこ)さん(フォトジャーナリスト)を迎えてご講演いただきました。第二部では、私が死別以外の重大喪失を取り上げ、「終わりのない喪失」や「あいまいな喪失」そしてそれに伴う「慢性的悲しみ」について話しました。

 ブログでは大藪さんの講演を中心に書こうと思います。
 私は大薮さんの著書『立ち上がる選択・Stand』を数年前に読んで非常に感動し、いつかGCCへお招きしたい、お会いしたいとずっと思っていました。そして夢の実現でした!

 大薮さんは米国でフォトジャーナリストとして活躍中に、レイプの被害を受けました。あれから19年経った今、その時の恐怖をリアルに語ってくださった。『殺されると思った』『そこで決心したこと〜何としても生きなければ』『だから加害者に従う選択をした』と。なんという選択!
 事件以降、平和で安全と思っていた自身の世界が、自宅が、生活が全て破壊された、どこにいても恐怖に覆われて、安住の場所は失われた。明るくおおらかで幸せだった自分がいなくなった。もはや元の自分に戻ることができない、元の生活を取り戻すことができない。『なぜ何も悪くない自分がこんな目に合わなければいけないの?』と問い続けたそうです。その苦しみは計り知れない。

 その後犯人は逮捕され処罰されたそうですが、彼女が失ったものの大きさに比べて、刑罰はあまりにも軽く、正義は晴れない。そこで大薮さんは、米国の法制度改正を訴え、裁判を起こした〜まさに   立ち上がったのです!そして勝訴!!犯人は当初より10倍重い刑罰〜禁固刑20年を課せられました。米国のレイプ刑では異例のことでマスコミも大きく取り上げました。

 被害者という弱いものの立場で、日本女性が異国の地で、どこからこのような勇気が湧いたのか、私はずっと信じられませんでした。しかし今回、直接ご本人の語りを聞いて、そのスケールの大きい人柄、人間的魅力に触れて、「大薮さんだからこそできたのだ」と納得し、勇気をもらいました。

 現在大薮さんは、弱い立場の子どもたち、特に、親の都合で異文化圏から日本に移住することになった子どもたち、交通遺児たち、虐待にあった子どもたち、などの支援に携わっているそうです。子どもの傷みについて語る時、大薮さんの目に涙が溢れる。彼女だから、「人の傷みをわかる人」だから、できる支援、大薮さんの今後ますますの活躍を祈りたいです。

 





by yoshikos11 | 2019-02-21 00:14 | Comments(2)
Commented by 水たまり at 2019-02-21 10:48 x
16日の先生の講義とてもよかったです。
困難に出会ったとき、必要なのは対象を知る、理論を知っていることと並んで
愛すること、愛情の深さ、大きさだということが、先生のお話からとても良く伝わってきました。

ハリス先生から学ばれた 終わりのない喪失、あいまいな喪失、慢性的な悲しみの3理論が長女への看病に対する鈴木先生のバックボーンとなり、
感情や力にまかせる剣の力でなくペンの力、知の力が介護を支えていることがわかります。

GCCで先生の講義を基礎課程から聴いてきました。随所にお母様とのお話をエピソードとして紹介してくださいました。
祖母から母へそして娘さんへ世代を超えて繋がっている愛情が、介護を支えているもう一つの力だと感じました。
大藪先生が講義の中で、野田で起きた痛ましい事件を例に、子どもへの暴力の世代間連鎖を話されました。
しかし愛すること、可愛がることなどについて、家族間の世代にわたる繋がりが大きな力を発揮することがわかりました。

先生が最後に「もうだいじょうぶ」といわれたのも、この知と愛のバランスが取れたことを言われたのだろうと思っています。

健康の方も気をつけてさらなるご活躍を。」
Commented by 鈴木剛子 at 2019-03-13 11:34 x
水たまりさん、いつも洞察力鋭いコメントに励まされます。まさしく知識は身を助けることを身を以て体験しました!2.16のセミナーでの私の講演は、参加して下さったグリーフ・カウンセラーたちを信頼して、安心できたからこそお話できたと思います。涙を流して聞いて下さった方もあって、驚きと感動の両方を経験しました!本公演の内容をブログに書くのは中々難しく、せめて3.11震災記念日というタイミングで、先日少しだけ触れさせてもらいました。生きていると何が起こるかわかりません。気持的には、被災地支援をずっと続けていきたかったし、長女の発病という想定外の出来事が起こらなければ、多分続けていたかもしれません。しかし足元で困っている人をほったらかして、遠方まで出かけることは正しいとは思えなかったですね。つくづく、人間の出来ることには限界がある〜メサイヤにはなり得ませんね!
大藪さんの講演について、野田での事件に関連して「家庭内暴力」を受けた子供は自分が大人になって同じことをしてしまう確率が高いということ、暴力の継承を断ち切り、子供たちに世代を超えた「愛情」の継承を教えたい、というお話感銘を受けました。愛情とは、私は行動だと思っています。言葉でいくら偉そうなことを言っても、相手に自分の大切な資源(時間も含めて)をどれだけ供給できるのか、自己犠牲をよしとできるのか、愛情とは生易しいものではないですね!
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